遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

数学の周辺

第一次世界大戦は化学者の戦争であり、第二次世界大戦は物理学者の戦争だった。・・・第三次大戦が起こるとすれば、それは数学者の戦争になるだろう・・・
なぜなら、戦争の次期兵器となるであろう情報を支配するのは、数学者だからである。
サイモン・シン『暗号解読』新潮社2001年

「魔法の秘薬にりんごを浸けよう、永遠(とわ)の眠りがしみこむように」
1938年、映画「白雪姫と七人の小人」を観た26歳のチューリングは、ある日、このセリフを歌うように口ずさむのを同僚が聞いていた。
16年後、現在のコンピューターのもとになる「万能チューリングマシン」を考え出し、或いはエグニマ暗号をほぼ一人で解読した彼は、青酸カリ溶液に浸されたリンゴをかじってその生涯を閉じた。(享年41歳)

おそらく、より重要なのは、わからないことがあっても気にしなくていいということだ。・・・
しかし、悪いことばかりではない。
何もかもが容易に理解できてしまう世界なんて、つまらないじゃないか!
エドワード・フレンケル『数学の大統一に挑む』文藝春秋2015年

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これまで、多くの数学関連の本を読んできたのだが、「数学関連」と言うからには、もちろん本格的な数学の専門書を読んできたということではない。(最後に記載した『数学関連本一覧』参照)

筆者は文科系で、高校で数Ⅲまでは履修したものの大学受験は数ⅡBまで。
大学1年で『数学解析入門』を履修しただけなので、微分微分方程式、差分方程式ぐらいまでしか学んではいない。(このブログでも「オイラーの公式」を記載し始めてまだ2回)

最初に数学に関連する本を読んだのは、大学生の時でガロアの生涯』という本だった。
20歳の時に決闘で死ぬのだが、その前夜に書いたと言われる論文が、後世に大きな影響を与えた天才数学者の生涯を描いた伝記だ。
それから社会人になって10年以上もの間、なぜか数学に関する本は読んでいない。中学以来ずっと数学は好きだったのにである。

1991年のある日、書店内をぶらりと見て回っていたら、たまたま金田康正『πのはなし』(東京図書1991)を見かけて、当時の世界記録の円周率10億桁計算を達成したというキャッチコピーを見て思わず懐かしくなって買ったのが二冊目の「数学関連本」になった。

どうして懐かしくなったのか。
中学生のころ「πはどうやって延々と計算すればいいんだ?」と調べ方も悪かったのか、結局計算方法が分からずに、小数点以下16桁まで覚えることで終わってしまっていたからだった。

以来、「数学関連本一覧」にあるような本を読んできたのだが、もちろん専門的過ぎて理解不能本や、途中までは何とかついていけても最後まではもたない理解困難本も多く、「ちゃんと基礎を身につけておかないと無理だろう本」の方が多いかも知れない。

が、それでも「理解困難なもの」に対する好奇心が勝り、数学の歴史や、数学者の伝記、天才数学者の業績の概要など、数学そのものの内容と言うよりは、謂わば「数学の周辺」をうろうろする「数学難民」のようになってしまったのだった。

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数学本コーナーの一部

で、長年積んできた未読本の中から最近読んだ数学関連本3冊をご紹介しましょう。

Ⅰ.デイヴィット・バーリンスキ『史上最大の発明アルゴリズム早川書房2001年

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本の最初に断り書きがついている。
「本書は学問的著作である」といきなり冷や水をかけられるのだが、コンピュータの仕事をしている人にとっては「アルゴリズム」は普通の言葉だ。これがどのようにして数学のなかの「数理論理学」という分野で形成されていったのかが、ライプニッツからの歴史として述べられていく。

途中、文脈との関係が不明なショートストーリがいくつか挿入されていて、筆者には理解できなかった。

ハイライトはやはりチューリングの登場なのだが、それまでの「数理論理学」の歴史はなかなか難しいので、予めゲーデルの「不完全性定理」やチューリングの基礎的な本を読んでおくといいと思うが、それならば、いきなりゲーデルチューリングにいった方がいいと思う。

確かに、著者が自ら「本書は学問的著作である」と言っているだけの壁の高さはあるので、一般向けの科学書数学書)ではないかも知れない。

Ⅱ.サイモン・シン『暗号解読』新潮社2001年

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著者のサイモン・シンは、素粒子物理学の博士号を持つ。
彼の一作目が『フェルマーの最終定理』(新潮社2000年)で、本書が第二作目、そして第三作目が『ビッグバン宇宙論』(新潮社2006年)で、いずれも世界的ベストセラーになっているからご存じの方も多いと思う。
いまや科学書執筆の第一人者と言っていい存在だ。

本書は様々な暗号の仕組みの歴史から、エピソード、暗号作成者と暗号解読者のせめぎ合い、暗号作成や解読に携わった数学者たちの姿が描かれる。

スコットランド女王メアリーの暗号が解読され、エリザベス女王も彼女を処刑せざるを得なかった。
先の大戦でも、日本の暗号を解読され、山本五十六長官の搭乗機を米軍に撃墜され、或いはミッドウェー海戦に敗れた。
ドイツ軍の有名なエグニマ暗号解読がポーランドからイギリスへ引き継がれたいきさつ、暗号機の詳しい構造、そして、ほぼチューリング一人に解読された顛末。

カエサル暗号、ヴィジュネル暗号、古代文字の解読、エグニマ暗号、RSA暗号PGP暗号から量子暗号に至る暗号の歴史を具体的な事例を織り込みながら、暗号の構造を明らかにしていく手腕はサイモン・シンならではのものだろう。

Ⅲ.レナード・ムロディナウ『ユークリッドの窓』NHK出版2003年

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本書はユークリッドから、デカルトガウスアインシュタインウィッテンへと引き継がれていく幾何学を中心とした数学の物語である。

そして、この歴史をたどった時、改めてユークリッド幾何学は「外に向かっては世界を見せてくれる窓であり、内に向かっては論理的思考の基礎だった」ことを知る。「幾何学こそは・・・われわれの思考の枠組みをかたちづくり、論理的思考を鍛えるものであったことに改めて気づかせてくれる」という翻訳者の言葉には納得させられる。

中学生の時、数学の中でも幾何の証明問題が特に好きだったし、なぜか読みもしないのにバイブル然として大判の『ユークリッド原論』(昭和54年初版7刷)が書棚に鎮座している。
でも時代は既に変わってしまっている。
ユークリッド幾何学とやらの世界を覗いてみるのもいいかも知れない。


【数学関連本一覧】

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庭に咲いた花を二階から撮影(花の名前は不明)