遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

将棋界の「驚異」 藤井聡太七段

「彼(藤井七段)は、子供ではないです」
木村王位が王位戦の前に語った言葉。

「オバケの聡太郎ですよ」
豊川孝弘七段が藤井七段を「オバケのQ太郎」をもじって評した。

「AIを搭載しているよう」
終盤、すべてAIの最善手を指し続けた藤井七段を評して、対局を解説していたプロ棋士が言った言葉。

f:id:monmocafe:20200705211305j:plain


その日、彼は黒の羽織に紺の着物、グレーに見える縦じまの入った袴で対局室に現れた。そして、渡辺棋聖が入室するまで、静かに正座して対局の時を待っていた。
その静謐さをまとい、じっと盤上を見つめる姿には、ある種、剣豪の凄みといったオーラを感じないわけにはいかなかった。
藤井聡太七段、将棋界に超新星のごとく現れた17歳の姿である。
(6月28日ヒューリック杯棋聖戦第二局)

www.youtube.com

6月から7月現在までの藤井七段の戦績は下記の通り。

f:id:monmocafe:20200705211636j:plain
現在、渡辺明3冠と棋聖戦木村一基王位と王位戦の2つのタイトル戦を戦っている。
コロナ明けからの上記棋戦の成績を見ればお分かりのように、驚異的な成績と言わねばならない。しかもその相手が錚々たる顔ぶれなのである。

藤井七段は、2016年に史上最年少14歳2か月でプロデビュー。その後の29連勝、3年連続勝率8割、竜王戦4期連続ランキング戦優勝など、その活躍は目覚ましいものがある。
師匠である杉本昌隆八段との関係、中学生とは思えない言葉遣い、誠実で驕らない謙虚な性格など藤井旋風はとどまるところを知らない。

コロナ禍で、5月は対局がなかったから「聡太ロス」の人も多かったのではないか。
そして6月に入るや、怒涛の進撃を開始したのであった。

棋聖戦では、挑戦者決定準決勝(6月2日)で佐藤天彦九段を破るや、決勝(6月4日)で一番の難敵と思われた永瀬拓矢2冠を破り挑戦者に名乗りを上げた。そして、王位戦で挑戦者決定戦に駒を進めた永瀬2冠をまたもや連破して挑戦者となった(6月23日)。現在棋聖戦に連勝し、王位戦第一局にも勝利、ダブルタイトル獲得も夢ではないところまで来ており、もはやマンガを超えたとまでいわれている。

これが17歳の高校生というのだから尋常ではない。

藤井七段の印象に残る手といえば、2018年6月5日竜王戦5組決勝(石田直裕五段戦)でのノータイム△7七同飛成は、2018年度「升田幸三」を受賞したから、ご存じの方も多いだろう。解説陣も皆「えっ!」っと絶句した手だ。

対局者や解説者たちが想定していないこうした手は、最近の対局でも出ている。

例えば、棋聖戦第二局の後手番△5四金、守りの金を攻めに使った手。
師匠の杉本八段はこの手を見て次のように言った。
「十年前の藤井なら注意したと思う。こんな将棋やっちゃだめだよと」さらに「師匠の顔を見てみたい」(笑)。

或いは、△3一銀、持ち駒の銀を守りに使った手。この手はAbemaのAIでは3番目の候補手で最善手は△4六桂。従ってAIは、勝率を61%から54%~57%に下げたのだった。この将棋の解説陣は△4六桂を中心に解説していて「全部検討が無駄になっちゃった」と言わしめた想定外の手を指し、解説陣を驚かせたのだった。

この手について、渡辺3冠は「受け一方の手なので、他の手が上手くいかないから選んだ手なんだろうというのが第一感でした。・・・いつ不利になったのか分からないまま、気がついたら敗勢という将棋でした」と言っている。

実は2020年世界コンピューター将棋オンライン大会で優勝した将棋ソフト「水匠2」の開発者の杉村達也さん(弁護士)によれば、この△3一銀は、「水匠2」に4億手読ませても5番手にもならず、6億手を読ませたときに突如として最善手に浮かび上がってくるのだそうだ。それを23分で指した。
藤井七段の一手が、AIが6億手読んだ末の最善手だって?と思うと慄然とする。

www.youtube.com

そして、最年長タイトル保持者(木村王位47歳)と最年少タイトル挑戦者として話題になった王位戦第一局の▲4四桂。相手玉を相手陣内に封じて指したこの手を、中村太地七段は「数十手を読み切ってないと指せない」と評している。ここで相手に凌がれれば一挙に逆転される恐ろしい局面だったというのだ。

この局面で、小学六年生で優勝し5連覇を果たした詰将棋解答選手権での力が発揮されたのかも知れない(今年の大会はコロナ禍で中止)。この選手権ではプロ棋士でも正解が難しいとされる37手詰めの問題が出るというのだから、藤井七段なら数十手を読んだのではないかと妙に納得してしまうほど凄まじい。

そして、6月25日順位戦B級2組での一戦目佐々木勇気七段との対戦。佐々木七段は、デビュー後の藤井七段の連勝を阻んだ若手実力者で、今期竜王ランキング戦2組の優勝者でもある。その戦いで、藤井七段が指した△1三角。解説陣はその角を先手陣に打ち込んでとなり、その後の変化を解説していたのだが、その角は動かずにじっとしていた。

筆者もどうして動かないのかなと思っているうちに、佐々木七段が▲2四歩と指して角道を止めた。すると一気にAIの勝率は藤井七段に傾き、最後に角が効いてくるようになって、藤井七段が勝った。局後、佐々木七段は「余されて負けるとは思わなかった」と語った言葉が印象的だった。

藤井七段には、その手を指した時からじっと動かない角が効いてくるような図が頭に描かれていたのかなと思わざるを得なかった。

f:id:monmocafe:20200705212827j:plain

藤子不二雄作 オバケのQ太郎

藤井七段の様々な棋戦を解説をしているプロ棋士青嶋未来六段、近藤誠也七段といった今売り出し中の力のある棋士たちだから決して弱い棋士ではない。
その彼らの解説からも遠い盤上の構図を描く藤井聡太七段とはいったい何者なのか。

王位戦第一局が終わった後、中村太地七段は次のように語った。
彼だけが、別のどこかの場所に行ってしまったような何かを感じます
プロ棋士すらも置いて行ってしまう場所とはいったいどんな世界なのだろう。

皇帝フリードリッヒ二世といえば、「STVPOR MVNDI」(世界の驚異)が彼の代名詞である。「ストゥポール・ムンディ」と言うだけで西欧の教養人ならば誰のことか分かるという。

米長邦雄永世棋聖が「兄貴は頭が悪いから東大に行った」と言うほどに、地獄の三段リーグを抜けたプロ棋士は天才の集団である。
そこから更に異次元の存在となるなら、もはや「将棋界の驚異」としか言いようがないのだろうか。
何年かすれば、それはわかるだろう。
この「驚異」を現実に見られる幸運に感謝しよう。

P.S.
筆者は囲碁はやりますが、将棋は全くやりません。駒の動かし方が分かる程度です。しかし、藤井七段がプロデビューしてからの対戦をAbemaでLIVE放送するときはほとんど観戦しています。所謂「観(る)将棋」というやつです。
筆者は、どんな分野であれ、卓越した脳の中味に興味があり、脳の中を覗いてみたいと思うのです。もちろん、凡人の筆者に覗き見ることすらできません。が、同じ時代にこうした「驚異」を直接見ることが出来るだけで素直に感動してしまう自分がいるのです。
将棋の分かる方が読めば、この記事には突っ込みたくなる箇所がいろいろあると思いますが、将棋には素人なのでご容赦を。