遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

封じ手「同飛車大学」

性能の良いマシンが参戦すると聞き、フェラーリやベンツを想像していたら、ジェット機が来たという感じ。
高野秀行六段

こっちがトボトボ歩いている間に、一瞬で抜き去られている。積んでいるエンジンが違う気がする。
橋本崇載八段

(10年後に訪れるであろう)藤井七段の全盛期に戦うことを目標にしている。
豊島将之竜王(藤井七段が二冠を獲得する前の言葉)

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8月19-20日に福岡県大濠公園能楽堂で行われた将棋の王位戦第4局で、藤井棋聖が80手で勝利し王位を獲得した。これで、7月に獲得した棋聖と合わせて二冠となり、同時に八段に昇段した。いずれも最年少での達成である。

前回の記事から、藤井七段は二冠となって、この一か月ちょっとで将棋界の状況は一変し、豊島竜王渡辺名人(三冠)、永瀬二冠藤井二冠の4強時代を迎えたと言われている。

2020年度の藤井二冠の対戦成績

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網掛けは非公式戦、●;負け、〇;勝ち、◎;タイトル獲得・優勝

8月20日現在、19勝3敗、勝率;0.864

なんとも驚くべき才能と言わなければならない。王位戦第4局の封じ手は驚愕の一手であった。
一日目、木村王位が指した「▲8七銀」に対して、AbemaのAIは「△8七同飛成」を最善手として表示していた。普通は「△2六飛」と逃げる。まだ中盤とみられている局面で、飛車を取られる(飛車と銀を交換する)ような選択はプロであってもできない決断だという。

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AIが最善手を「△8七同飛成」を示した時、解説者の橋本崇載八段は「意味が分からない」と言った。
将棋には素人の筆者も、さすがに中盤で飛車を取られちゃまずいだろう、と思った。
だから筆者の興味は、藤井棋聖が果たしてAIと同じ手を選択するか、ということにあった。

封じ手を宣言してからもしばらく考慮していた藤井棋聖を見て、橋本八段は「まさか、△8七同飛成を考えているのかな」と、その可能性を示唆していた。プロであってもこんなリスクの高い手は指さないというのに。

二日目、筆者は8時半前からパソコンをスタンバイさせて二日目開始を待ち構えていた。
封じ手開封され、示されたのは「△8七同飛成」。AIの最善手であった。

聞いた話なのだが、この「△8七同飛成」から終局までの指し手は、AIソフト「水匠2」の指し手と完全に一致(一致率100%)していたというから驚く。あるプロ棋士が「AIを搭載しているよう」と言ったのも頷けるというものだ。

それからネットでも、翌日のTVでもこの「△8七同飛成」は話題になっていた。「おやじギャグ」として知られる豊川孝弘七段王位戦第4局の副立会人)のダジャレと言われるが「同飛(車)成」をもじった「同飛車(同志社)大学」が、ネットを賑わせていたから、ご存じの方も多かったと思う。この盛り上がりに、同志社大学も「本学には将棋研究会があります」とちゃっかり答えていた。

王位戦第4局の解説は下記リンク)

https://www.youtube.com/watch?v=m7EmkI4xV-k

しかしと、暫くして筆者は思ったのだが、少し冷静になってみると、自陣から飛び出した飛車を横に動かして先手の歩を取った時から、飛車の動きが制約されるだろうと読んでいたはずだ。先手の飛車も自陣に戻らずに高い位置にあったから、自分の飛車は確実に狙われる。
それを分かって、飛車を8筋に戻した。

つまり、▲8五歩を指させて、▲8七銀と飛車を攻めさせたのではないか。そのような攻めさせる状況に、自ら局面を誘導したのではないか。そして木村王位は誘導された。
そう思った時、思わず背筋に冷たいものが走った。「恐ろしい」
そして、木村王位は誘導されたことに気づかなかったのではないか。

41手の詰将棋を25秒で解くというから、飛車を動かしたときから少し先の局面は容易に想定されていたはずだ。単純に、その局面における最善手を読んだということももちろんあるのだが、この局面も何手か前に当然読まれていたからこその局面だったのではないか。

「観る将」でしかない筆者だが、そう思えて仕方ないのである。

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8月22日、今度は非公式戦なのだが、AbemaTVトーナメント勝戦が行われた。
藤井聡太二冠、増田康宏六段を擁するチーム永瀬近藤誠也七段、石井健太郎六段を擁するチーム渡辺の決勝戦
チーム永瀬が3連勝の後の第4局で棋聖戦以来、再び藤井二冠と渡辺名人(三冠)が相まみえた。
持ち時間5分、一手指すごとに5秒加算というフィッシャールールでの対戦だったが、素人の筆者でさえ藤井2冠の盤上いっぱいに駆け回る華やかな差し回しには思わず「すごい」と見入ってしまった。
解説者も興奮の極みであったから、プロが見ても凄い対局だったのだと思う。
藤井二冠が勝ち、そのあとの永瀬二冠も勝って、5連勝となりチーム永瀬が優勝。藤井二冠自身は3連覇となった。

本年度、コロナ禍で何かと明るい話題が少ないが、将棋界は藤井二冠の活躍で盛り上がっている。次の山場は王将戦に移るようだ。王将戦のリーグ戦を勝ち上がり、再び渡辺三冠と戦うことになるのか、当分目が離せない。もし王将のタイトルを獲得することになれば、三冠となり九段昇段になるという。恐らくこれも史上最年少の記録だろう。