遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

海を渡った誇り高きサムライ 松井秀喜

心が変われば、行動が変わる。
行動が変われば、習慣が変わる。
習慣が変われば、人格が変わる。
人格が変われば、運命が変わる。
松井秀喜氏の星稜高校時代の野球部監督 山下智茂氏)

2009年シリーズ、アメリカ・メジャーリーグでの松井秀喜選手の話である。

2010年 1月9日(土)朝起きて、遅い朝食をとっていた時、たまたまNHKでアメリカMBLの松井秀喜についてのドキュメント番組をやっていた。作家の伊集院静さんが、雑誌で記事を連載をしていた関係で、松井がアメリカへ来てからの軌跡を追いかけたドキュメントだった。

f:id:monmocafe:20190429215345j:plain

Wikipedia

松井がメジャーリーグデビューした試合は、鮮烈なものだったから、野球に興味のない人でも覚えているかも知れない。なんとその試合で、満塁ホームランを放ち、グランドを一周してベンチに入ってからも鳴りやまない観客のスタンディングオベーションに、ベンチから出てきて帽子を振って応えたのだった。

しかし、この派手なデビュー戦の後、5月は長いスランプに入り、オーナーのスタインブレーナから「力のない選手を採ったつもりはない」と批判もされた。しかし、トーリー監督は松井を使い続ける。不調の時、打順を5番から7番に下げる時、松井に言う。
「本当は、休ませたいが、お前は守備になくてはならない。バッティングは今のまま続けていればいい」
そして、「松井は、日本からきた誇り高い若者だ」と、彼を批判から守った。

調子は6月になって戻る。地区優勝がかかるレッドソックスとの試合で、マルチネス投手を打ちあぐね 4-0とリードされた終盤に、同点に追いついた時、2塁走者だった松井がホームに滑り込み、「やったー」とばかりに体を丸めて飛び上がった姿の写真は、スポーツ紙の一面を大きく飾った。
ヤンキースはその年、地区優勝を飾った。

同僚の強打者ジアンビー、「今シーズン、松井がいなかったらと思うとぞっとする」。
ト―リー監督、「松井は男の中の男だ。たとえ不調でも、全力で試合に臨んだ」。

松井はヤンキーズのファン、特に子供のファンが多かったという。しかも、内気でおとなしい少年が多い。ファンへのインタビューに背を向けて母親にしがみつきながら答えているような少年もいた。黙々とプレーを続ける松井の姿に、何か自分の性格を重ね合わせて親近感を感じている少年が多いのかも知れない。

地元の女性新聞記者は、そんな松井をこう評している。
「肩が特別にいいわけではないが、誰よりもすばやく内野に返球します。走塁もいいし、バッティングも勝負強い。目立たないことをしっかりやるのは、スターであることより大事なことなんです」

松井は、中学2年以来、人の悪口を言ったことがないという。
伊集院は、本当か、と松井に質すと、松井は本当だ、という。
やるべきことを黙々とやる松井の姿に、チームメートは信頼を寄せるようになったようだ。確か、一昨年は、ロドリゲス主将のもとで、副主将をしていたと思う。

そして、膝の怪我もあり、2009年のシーズンは指名打者であったが、ワールドシリーズで、天敵マルチネスを打ち崩してMVPとなったのは記憶に新しい。伊集院はその試合を見ていて、鳥肌が立ったという。そして、必ずしも満足していなかった今シーズン。

人間は「苦節」にある時に、その人の真価が問われると、伊集院さんはいう。
松井はワールドシリーズで、それに見事に答えたのである。

松井秀喜35歳、2010年は、ヤンキースを離れ、エンジェルスに移籍しプレーすることになった。2011年はさらに、アスレチックスに移籍し、プレーを続けている。
海を渡った、日本の「誇り高き」サムライの戦いは、なお続いている。