遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

就活、企業が学生と大学に望むこと

学生の頃、朝日新聞の『天声人語』を書いていた深代淳郎さんという名コラムニストがいました。ガンで亡くなりましたが、彼のコラムは、次の朝が待たれるほど人気でした。亡くなったあと、単行本が2冊出版されています。

アメリカにも、ボブ・ウッドワードという名コラムニストがいますが、英文で読んだわけではないので、そのリズムは伝わってこないからか、深代さんには及ばないなァと思いました。
おそらく彼のコラムを読むことがなかったら、世相を自らの価値観と感受性で受けとめ、表現することもなかったかも知れません。為政者(権力)への厳しい視線と、人々への温かい想いにそのコラムは満ちていました。彼の言説の背景には、深い思索と、それを支える豊かな教養がうかがえました。

 

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去年の秋、新入社員の内定式で、内定者に次のようなことを話したことがありました。

社会人になるということは、今はまだ、「何者でもない」皆さんが、
「何者か」になっていくということです。
「何者か」になっていくためには、準備が必要です。
できれば、せっかく大学で勉強をしているのだから、その勉強を懸命にやって欲しい。勉強を通じて、深く「考える」ことをして欲しい。

学生時代は自由です。しかし、高校時代を含めた7~8年間の過ごし方が、人間の枢要な部分をつくります。それが、願わくば、あの深代さんのような感受性と豊かな教養であって欲しい。だがしかし、それは勉強のなかで、懸命に「考える」という行為の中でしか育たないのではないか、という想いが込められていました。

私の学生時代は、携帯もPCもない時代、本を読み、「考える」時間だけはたくさんありました。
現代、学生の身の回りには、インターネットや情報端末など、たくさんの情報をすぐに得られる環境がそろっています。しかし、その中から、本当に価値のある情報を選び、或いは作り出すのは、豊かな教養に支えられた、「考え抜く力」でしょう。

たくさんの本を読み、たくさんの世界を見て考え、自分たちの世界の在りようを、その成り立ってきた歴史とともに考えて欲しいのです。
かつて私の後輩が、歴史を何のために学ぶんですかと、聞いてきたことがありました。人によって答えは違うかも知れませんが、歴史は現実を見据えるうえでの「計測器」の役割を担います。歴史には、たくさんの人々の英知とともに、失敗や成功の物語が綴られています。そのことをバックグラウンドに、現在の困難を乗りこえ、未来を担ってほしいのです。

本当は、今の学生に一番必要なのは、一人で「考える」時間ではないでしょうか。そして、経済界も、就活は4年生の秋からとするなど、学生生活を落ち着いて学問に打ち込めるような環境を作ってやれないだろうかと思います。内定者に企業側から課題など出さずに、精一杯の学生生活をさせてやりたいものです。

そして、大学にも望みたいのですが、就職支援と称して模擬面接などを教えるよりも、或いはまた、就職には資格が必要だと資格をたくさん取らせることよりも、「考え抜く」授業の充実こそ、何にも勝る学生たちへの「就活」支援であることを忘れないで欲しいのです。

企業側からすれば、面接訓練などしてきてもどうということもない、たかが知れているのです。それよりも、深く考え、意見を自分の論理で展開してくれる学生には強く惹かれます。すぐに役に立つ知識や人間は、すぐに役に立たなくなる。小学校のころから、「生きる力」が、大事だと教えられてきているといいますが、「生きる力」とは、一体何を指しているのでしょう。

私たちに言わせれば、「考え抜く」ことが、「生きる力」そのものに他ならないのです。数学の問題一つをとってみてもそうです。回答に至る、問題解決のプロセスが、「考える」という内容そのものであると言っていい。
生徒たちは、「数学を勉強して何の役に立つんですか」と聞くといいますが、それによって問題解決能力を育むには、もってこいの教科なのです。
もちろん、統計や利息の計算などビジネスマンにとって、それは実益にもつながるのですが。

厳しい時代、みなさんの本当の力(「考える力」)が試されます。暗記や資格や「コミュニケーション力」はあまり関係がありません。
中学から大学に至るまで、「暗記ではなく、自分の頭で考え抜き、人の話を聞き、自分の意見を論理的に話し、友人たちと議論をするような」毎日の生活をしているかどうか、そんなみなさんの「人間力」が試されます。
健闘を祈ります。