ノーベル物理学賞 加速膨張する宇宙
自然は、経験の中にいまだかつて存在したことのない
無限の理法に満ちている。
運動は、あらゆる生命の源である。
(ダ・ヴィンチ)
2011年のノーベル物理学賞は、宇宙が加速して膨張していることを発見した3人に贈られることになった。
ソール・パールマッタ―氏(米ローレンス・バークレー国立研究所)
ブライアン・シュミット氏(オーストラリア国立大学)
アダム・リース氏(米ジョンズ・ホプキンス大学)
の三氏である。
宇宙の膨張については、2つのチームが20世紀末に競って観測を行っていた。
パールマッタ―氏は、「超新星宇宙論プロジェクト」を、シュミット氏は「ハイゼット超新星探索チーム」を率い、リース氏は、ハイゼットチームの一員だった。
137億年前のビックバンで宇宙が生まれた。
アインシュタインは、自分の方程式が、いずれ宇宙は星や銀河の重力によって縮んで行くことを示していることを嫌い、「静的宇宙」を保つために「宇宙項」というパラメータを加えた。
アインシュタインは、宇宙は膨張することも、縮んでいくこともなく、宇宙の大きさは不変と考えたのである。
(後に彼が、この「宇宙項」を「人生最大の誤り」と言ったものである。)
宇宙は、大きさの変わらない「静的宇宙」なのか、膨張するのか、いずれその重力によって縮んでいって潰れてしまう(ビッククランチ)のか。
1929年、エドウィン・ハッブルは、近傍のものを除いてほとんど全ての銀河が私たちから遠ざかる方向に動いていることを発見した。銀河の光のスペクトルを調べると、光の波長が長く伸びて見えたのである(赤方偏移)。そして遠くの銀河ほど赤方偏移が大きく、それは遠くの銀河ほど早く遠ざかっていたことを示していた。
しかしビッグバンで宇宙が膨張しても、いずれ宇宙の星や銀河の重力でその膨張は減速すると考えられてきた。
パールマッタ―氏やシュミット氏らは、超新星爆発で決まって一定量の光を出す「Ⅰa型」という超新星に着目し、その見かけの明るさを使って距離を測り、標準光源とした。50個以上の超新星を手掛かりに、その近くの銀河を観測し、宇宙の膨張する速度を割り出した。
(読売新聞 2011.10.9)
そして2つのチームは、1998年、ほぼ同時に「宇宙は加速して膨張している」という驚きの結果を発表した。それによると、膨張のスピードは約70億年前から急に上がったという。
そのためには、星や銀河が互いに引き合う重力を上回る大きさの宇宙を押し広げる力(斥力)が働かなくてはならない。
いったいそれは何か。
この正体が分からないまま、シカゴ大学のマイケル・ターナーは「ダーク(暗黒)エネルギー」と名づけたのである。
アインシュタインが「人生最大の失敗」と言った、あの「宇宙項」が、宇宙を加速膨張させる「斥力」を示すものとして、再び重要な研究テーマとして浮上したのである。
宇宙の構成要素のうち、原子など普通の物質(バリオン)をかき集めてみても全体の4~5%ほどにしかならない。そして電磁波では観測できないとされる「ダーク(暗黒)マタ―」が23%、残り72~73%が「ダークエネルギー」とされているのである。
正体が分からないこの「ダークエネルギー」は、宇宙の膨張加速や宇宙を構成する大半の正体が不明であるという観測事実を説明するために導入された。
ダークエネルギー次第で、宇宙は膨張から収縮に転じ、潰れてしまう(ビッククランチ)か、或いは膨張が破滅的勢いで進み、物質はすべて素粒子レベルまでバラバラになる可能性(ビッグリップ)もあるという。
ギリシャのいにしえより、人間と宇宙を解明しようとしてきた人知は、日常の営みからこんなにも離れ、かくも遠くまで来てしまった。
【参考文献】
『ニュートン 2011年9月号』 ニュートンプレス社
『宇宙のダークエネルギー』 土居守 松原隆彦 光文社新書 2011年9月