遥かなる「知」平線

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巨大地震のメカニズム

今日は生きた。
でも明日になれば何が起こるか分からない。
そんな場所では人々は、
問題解決のアイデアを持たなければならなくなる。
(イビチャ・オシム 男子サッカー元日本代表監督)

方法が正しく、
また、現状が正確に把握されていれば、
予測は必ず当たる。
森博嗣 『そして二人だけになった』 新潮文庫

この天地のあいだには、
人智など夢にもおよばぬことが、いくらでもあるのだ。
(ウイリアムシェイクスピア

 

3月11日の東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9.0の世界の地震観測史上4番目の巨大地震でした。その地震のエネルギーは、阪神・淡路大震災(M7.3)のエネルギーのなんと約360倍ものエネルギーをもった超巨大地震だったのです。

どうしてそんな巨大な地震が起きたのでしょう。

またこの地震による津波も経験したこともない巨大な津波でした。岩手県大船渡市三陸町綾里白浜では16.7メートルという波高を記録し、岩手県宮古市の姉吉地区では、津波が海抜38メートルの地点まで遡上したのです。遡上高としては、本州で最大級の記録となります。

どうして、そんな巨大津波が襲って来たのでしょう。

今回は、東北地方太平洋沖地震津波の謎について、ここまでに分かってきたメカニズムについてお話ししてみましょう。

【5つの震源域が連動して起きた地震

東北地方の太平洋沖には、従来から存在が知られていた5つの震源域があります。三陸沖中部、宮城県沖、三陸沖南部海溝寄り、福島県沖、茨城県です。 (図1参照)

宮城県沖ではほぼ40年に1度という周期でM7.5程度の大きな地震が30年以内に99%という確立で発生することは予測されていました。

 

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図1 三陸沖から茨城沖で想定されていた個別の震源
(図中の丸は、過去に起きた主な地震震源尚、今回の地震震源域はピンク色の領域と考えられている。)

 

宮城県沖と連動して地震が起きる可能性がある震源域は、宮城県沖の日本海溝側に隣接する「三陸沖南部海溝寄り」だけであり、この2つが連動したときのマグニチュードは8程度であるとされていたのです。これが大方の研究者の一致した見解でした。

869年の貞観地震で、仙台平野の数キロメートルまで津波が遡上した痕跡が複数発見され、宮城県沖から福島県沖の地震が連動してマグニチュード8.3程度の地震が起こったらしいと指摘されはじめたのは最近の調査によってです。

従って、連動型の地震についてはあまり考慮されてこなかったのでした。

ところが、今回の地震は、この5つの震源域が連動して地震が発生し、南北約500キロメートル、東西約250キロメートルというとんでもない広大な震源域で断層破壊が起こったと考えられています。

【パルス状の海面上昇】

岩手県釜石市の沖合50~80キロメートルの海底にケーブル津波が設置されていました。このケーブル津波計は、地震発生から約10分後までに、2メートル弱の海面上昇を記録していましたが、地震発生から約13分後、突如5メートル近くも海面が上昇していたことを記録したのです。(図2参照)

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図2 釜石沖沖合50㎞(TM1)と80㎞(TM2)の地点で海底ケーブル津波計が捉えた津波

 

このパルス状の鋭角な津波こそ、東日本の太平洋沿岸地域に大きな被害をもたらした張本人なのですが、そこには、これまでに解明されたことのない、驚くべき津波発生の仕組みが隠されていたのです。

それは、日本海溝に近い三陸沖の浅い海底で、55メートルもの断層のすべりがなければ、この5メートルを超える切り立った津波は発生しない、という事実だったのです。

陸のプレートと海のプレートが固着を起こすのは、海底からの深さが約10~40キロメートルの比較的深い部分で、ここでマグニチュード9.0の地震が起こると、20メートル程度のプレートが跳ね上がった(すべった)ことになります。

しかし、これだけでは5メートルを超える津波は観測されることはなく、この高さの津波を起こすには、10キロメートルよりも浅い部分で55メートルというすべり量(海底変動)が必要なのです。

ところが10キロメートルより浅い部分では圧力が小さいため、プレート間に固着が起こらないと考えられてきました。固着が起こらないのでひずみを溜めることなく、日常的にズルズルと小さなすべりが起きているか、大きな地震の後、時間をかけて静かにすべるかの、いずれかであると考えられてきました。

つまり10キロメートルより浅い部分が一挙に55メートルもすべることなどこれまでの常識ではあり得ないのです。

【陸のプレートに正断層】

2008年海洋開発研究機構が、潜水調査船「しんかい6500」で、水深3500メートルの深海に正断層を撮影していました。海底に高さ100~150メートルもある切り立った壁面を持つ壁が25キロメートルも続いていたのです。

しかもこの崖は、形成されてからそれほど時間がたっていません。なぜなら、形成されてから時間が経っていると表面にマンガンが付着して汚れてしまう(マンガンコーティング)のですが、この壁にはマンガンコーティングは見られませんでした。

陸側のプレートでは、海側のプレートの圧力を受けて圧縮場になり、逆断層ができるのに、引張場でできる正断層ができている。(図3参照)

しかもこの正断層によって1キロメートル近い地層のずれ(オフセット)が生じているのです。一体この正断層はどうしてできたのでしょうか。

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図3 圧縮場と引張場(圧縮場では逆断層の地震、引張場は正断層の地震となる)

 

【付加体とオーバーシュート】

日本海溝では、陸のプレートの下に、海のプレートが沈み込んでいます。海のプレートにはホスト・グラーベン構造と呼ばれるノコギリの歯のような凹凸があって海溝軸付近に溜まる堆積物をはぎ取るようにして、地球の内部に運んで行きます。

この海溝軸付近の、堆積物の溜まった部分は、「付加体」と呼ばれています。付加体は岩石化していない柔らかい物質であるため、プレートと固着を起こすことはなく、すべりやすい物質なのです。

そして、先の正断層は、この付加体の西の端に存在しています。ここに大きなオフセットを持った正断層が存在するいうことは、過去に日本海溝の付加体全体が大きく東の方向にすべったことを推測させます。

固着を起こさず、ひずみのエネルギーを蓄積しない付加体で大きなすべりが起こる。そう、オーバーシュート(「過剰すべり」又は「すべり過ぎ」)が起きているのではないか、と考えられたのです。

【巨大津波のメカニズム】

つまりこうです。
海のプレートと陸のプレートが固着して、海のプレートが陸のプレートを地球内部へと引きずり込んでいく。それに伴ってすべりやすい付加体も地球内部へ引きずられていく。ひずみの蓄積が限界を迎えると、耐えられなくなった陸のプレートが跳ね上がる。普通の地震の発生です。(プレート境界型地震

この普通の地震によって、陸のプレートとともに付加体も跳ね上がりますが、そもそもすべり易い物質であるため、過剰にすべってしまう。これがオーバーシュートです。

このすべり過ぎによって陸側の岩盤が海の方向に大きく伸び、そこが引張場になって正断層が形成される。しかも、プレート境界断層に比べてより垂直に近い角度を持っている。

これは、オーバーシュートによって、付加体がより垂直に近い方向にポンと飛び出したことを想像させます。海底面が垂直に近い方向に大きく隆起すれば、当然、その上にある海水は高く持ち上げられることになる。その海水が重力の復元力によって四方に広がり、巨大津波になる。(図4参照)

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図4 付加体周辺で発生したオーバーシュート

 

今回の東北地方太平洋沖地震で、これが起こったとすると、釜石沖で観測された5メートルのパルス状の津波がなぜ発生したかの疑問にうまく答えることができます。付加体が垂直に近い方向にオーバーシュートするなら、鋭角な、パルス状の津波が発生してもおかしくないのです。

【観測データが意味するもの】

2008年に「しんかい6500」で、先に述べた正断層を見つけた後に、東北大学の研究チームがこの崖のある正断層を挟む形で地震計や圧力計などの観測機器を設置していたのです。

そして、まさにこの設置場所を舞台として、東北太平洋地震が発生したのです。しかも、巨大なパルス状の津波の発生から考えて、この正断層付近でオーバーシュートが起こった可能性があるのです。

この観測の結果、地殻変動のデータは、驚くべきものでした。

問題の正断層の付近で、海底面が5メートルも隆起し、しかも海側(東)に向かって40~50メートル近くも動いていたのです。

この浅い部分ではプレート間の固着は起こらないので、ひずみを解放して大きなすべりが発生したとは考えにくく、先に述べたように、プレート境界の深部でプレートの固着部分の破壊が起って陸のプレートが跳ね上がり、大きな地震が発生する。これに誘発されて、付加体がオーバーシュートし、その結果、海側へ40~50メートル移動し、海底面が5メートル隆起して巨大津波が発生する。

さらなる観測データの分析で、実際にオーバーシュートが起こっていたのかどうかが明らかになることが期待されています。

地震波の分析によるオーバシュートの証明】

2011年5月、東京大学の井上准教授らがスタンフォード大学と共同で世界各地の地震波データを分析して、東北地方太平洋沖地震の破壊プロセスを解明し、その結果をアメリカの科学雑誌「サイエンス」に発表しました。

①最初の3秒間はプレート境界浅部でゆるやかな初期破壊が起きる。
②発生後40秒までにプレート境界深部、すなわち陸地の方向に向かって破壊すべりが進展する。
③発生後60秒に、一番浅い部分、すなわち海溝の岩盤を一度に破壊するような大きなすべりが起こる。
④その後、破壊すべりはプレート境界を深部へ、つまり陸地方向へ向かって再び進展し、90秒後に海岸線近くの地下深部まで到達した。

この4つの破壊プロセスのうち、巨大津波を引き起こしたのは③で、海溝付近での大きなすべりが、「すべり過ぎ」るほどすべったために巨大津波を引き起こした。

この現象を「ダイナミックオーバーシュート(動的過剰すべり)」と呼びました。

また、①③がプレート境界浅部、②④は深部で発生し、身体に感じるようなガタガタという高周波の地震波は②④の深部からしか放射されていない。

これによって、今回の地震には「二面性」があると指摘し、こうまとめています。

「東北沖地震は、浅部での静かだが大きなすべりと深部でのガタガタすべりの共存する現象であった。このことは今後の、沈み込むプレート境界での地震の発生パターンを予測する際の鍵を握る。・・・東北沖地震は、深部のガタガタすべりが浅部の静かなすべりを誘発したかもしれない。」

こうして、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震によってあの巨大な津波が発生したと考えられるのです。今後の観測データによる裏付けを期待しましょう。

【出典】
NHK「サイエンスZERO」取材班+古村孝志・伊藤喜宏・辻健[編著]
東日本大震災を解き明かす』 NHK出版 2011年
雑誌 『ニュートン 2011年6月号』 ニュートン プレス

【参考文献】
木村政昭 監修 『なぜ起こる?巨大地震のメカニズム』 技術評論社 2008年
佃為成 『東北地方太平洋沖地震は”予知”できなかったのか』 ソフトバンククリエイティブ 2011年