遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

フェルメール ヴァージナルの前に座る若い女

偶然は、それを受け入れる準備ができた精神にのみ訪れる。
(アンリ・ポアンカレ;仏数学者・哲学者)

 

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フェルメール 『ヴァージナルの前に座る若い女』 1670年頃 個人所蔵

 

8月9日、朝日テレビで放映された3番目の絵画の話である。

ベルギー貴族、フレドリック・ロラン男爵は、絵画の収集家であった。
1960年のある日、ロンドンの画廊で一枚の絵に出会う。
一目見て、「これは・・」と言葉を飲んだ。

フェルメールではないか、でもどうしてここにあるのか)
その画廊の主人に聞くと、「フェルメール風のニセ物」だという。

しかしロラン氏は、本物であることを確信した。
そして、手持ちの4枚の絵とこの絵を交換した。画廊は喜んで交換に応じたという。

ロラン氏はこの絵の鑑定を、とある修復家に依頼したが、ニセ物と鑑定される。
しかし、本物だと信じて疑わない彼は、ロンドンに本社があり40ヶ国に拠点をもつサザンビーズ社に相談した。この会社は、美術品などのオークションを行う会社である。

サザンビーズ社のグレゴリー・ルビンスタイン氏がこの件を扱うことになった。
30000点もの案件を扱った社随一の人物である。

1993年、ルビンスタインはロラン氏の話を聞いた。
そして絵を見た時、彼もまた「本物じゃないか、凄い発見だ」と言った。
タッチ、色づかいが、フェルメールものであることを示していた。

さっそく、ロンドン国立美術館に鑑定を依頼するが、ニセものとされた。
行き詰った彼らは、ロンドン大学リビー・シェルドン教授を訪ねる。
彼女は、2000枚以上の絵を鑑定した科学鑑定の第一人者であった。

リビーは、特定の色に目をつけた。

フェルメールブルーといわれる独特の「青」である。
ラピスラズリという顔料を使ったのは17世紀ではフェルメールだけだ。
その「青」の顔料は、果たしてラピスラズリであった。

次に、絵のX線画像を調べる。
当時、絵を描くためのキャンバスは、長い一枚物を巻物のようにしているのを適当な長さに裁断して使っていた。そのキャンバスの織りと経(たて)・緯(よこ)の糸の数を調べたのである。

そしてこれが、ルーブル美術館にあるフェルメール作『レースを編む女』のキャンバスに一致したのである。

こうして、ロンドンの画廊で偶然見つけたその絵は、フェルメールであることが科学的に証明されたのである。
ルビンスタインが鑑定を依頼しに来たとき、一人で絵をビニール袋に入れてやって来たのに、帰りは警備員を二人従えて帰って行った、とリビーは笑った。

ロラン氏とルビンスタインは、本物のフェルメールとしてオークションに出し、世間をあっと言わせるつもりだった。しかしロラン氏はオークションを前に、2001年11月に亡くなったのである。

ルビンスタインは、彼の遺志を継ぎ2004年7月7日ロンドンでのオークションに絵を出品した。6億円からスタートし、3分後に33億円で落札されたのである。

その絵は、現在ある人物のプライベートコレクションになっている。
それが誰なのかは、サザンビーズ社の機密事項になっているという。

(完)

【参考文献】
小林頼子 『フェルメール』角川文庫 2008年
朽木ゆり子 『フェルメール全点踏破の旅』 集英社新書 2006年
福岡伸一 『フェルメール 光の王国』 木楽舎 2011年