遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

トコロさんのうしろ姿

東京の朝の通勤ラッシュは、線によっては凄まじいものがあります。

モンモは、地方から東京に出てきて初出社の日、地下鉄に乗っていて会社近くの駅についたらすぐ降りられるように、ドア近くに立っていました。そして、次の駅に止まったと思ったら、乗客がどっと乗車してきた勢いで、車内を遠くに飛ばされてしまいビックリしたことがあります。

 

別の日は、とっても混むJRのある線で、一番前に並んでいて、これなら絶対乗れるなと思い、電車が到着して乗客が降りたら、いざ乗るぞと身構えていました。
ドアが開いて、降りる乗客の勢いで、身構えていたモンモは独楽のようにクルクルと回ってしまい、列の後ろに飛ばされ、結局乗れなかったこともあるのです。
一番前に気合を入れて並んでいても乗れないのです。

そんな東京の地下鉄。これは、ある先輩(仮名;トコロさん)の朝の通勤の話です。

 

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トコロさんは、電車の入口でその身を反転させ、背中で先に乗った人たちを押しながら、やっとのことで乗りました。
自分の眼前で、電車のドアが閉まります。

・・・と、えっ!?…挟まった!!

カバン・・ではなく、手足でもなく、…「前髪」が挟まった。
ドアは閉まったまま、電車は発車してしまいました。

顔面をドアにくっつけたまま、前髪をまとめてドアに挟まれて、次の駅に向かっています。少し注意しながら、顔面をドアから離して、前髪をドアから引き抜こうとしました。
ダメです、それ以上力を入れて頭を引き離したら、

「まとめて」前髪が抜けてしまいます。

前髪のない頭を想像してしまいました。
ダメダメ、ダメっ!!

幸い、大変な混みようなので、トコロさんの事態に気が付いている人はいません。
…あれっ、次の駅、ひょっとして、ひょっとして、こちら側のドアは、閉まったまま…だったかしら。

反対側のドアが、開くのではないかしら?…えっと、どっちだったっけ?
汗が出てきました。
いやな予感がしました。

次の駅のホームに電車が入って行きます。
いやな予感が当たりました。反対側のドアが開く駅でした。
どうすりゃいいんだ?

降りる駅ではないが、こちら側のドアが開く駅に着くまでこのまんま?
あろうことか、その駅では、大勢の乗客が降りて行きます。
回りは、急にガランとしてしまいました。

立っている人が、ほとんどいなくなった車内に、トコロさんは、背後にスカスカの大きな空間を感じました。
背中が急に寂しくなったのです。

「前髪」を挟まれたまま、大勢の乗客が降りたあとには、後ろ向きにドアに顔面をひっつけて一人残された、トコロさんの哀れな後ろ姿があったのです。

 

それは、奇妙な光景でした。
「どうして、あの人、ドアに顔くっつけて立ってんの?」
そんなささやき声が聞こえてきそうです。
他の乗客に、「前髪がはさまっている?…」なんてわかりません。

一人、明るい車内の中で、背後にスカスカの空間と人々の好奇な視線を感じながら、じっと立ったまま、次の駅まで行くしかありませんでした。

皆さん、満員電車は気をつけましょうね。やっと次の駅で、「前髪」は解放されたそうです。もうすでに、トコロさんは引退されていますが、あの「前髪」はまだ無事なんでしょうか、別の意味で少々気になります。