遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

寝た子を起こしてはならない

モンモの高校3年の時の話しです。

その高校は、男子校で、制服はなく私服の高校でした。
古くからある高校で、毎年、5月に大運動会が行われるのです。

一年~三年生までそれぞれ8クラス総勢1200人、縦割りのクラス対抗で、各種競技のポイントを競い、優勝を争うのです。

入学したばかりの一年生にとっては、ライバル高との野球の定期戦に次いで、その高校の精神を注入される場となるのです。旧制中学のときから続く、伝統行事でした。

その高校男児たるべき誇りと矜持をもち、この国を支えるべく文武両道の校風を標榜する、大運動会に名を借りたドンちゃん騒ぎ。

クラス対抗なので、応援を行います。ただの応援合戦ではありません。
5~6メートルの、何本もの太い丸太を組み上げて、櫓(ヤグラ)を作るのです。
地上2メートルほどの所に板を敷き、生徒が上がって、太鼓を叩き、応援歌を歌い野次を飛ばして、応援するのです。

その日が近づいてくると、そのヤグラを飾るために、商店街から人気アイドルのポスターやら、ビールの売りこみの幟(のぼり)、風船、大きなぬいぐるみ、マネキン人形、などを集めてきて、飾りたてるのです。

当日までは、それらの「ガラクタ」は、教室の後ろに置くことになります。

飾りつけられた、その巨大なヤグラが広い校庭に8基、組みたてられて、グランドを取り囲み、それぞれのクラスの生徒が、ヤグラの前で、自分の出番を待っている間、応援で声を嗄らすのです。

 

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そんな日が近づいてきた、英語の授業中のことでした。
授業が始まって暫くして、先生は教壇の上を行ったり来たりしながら、声を出して英文を読み、生徒たちに復誦させていました。

と、先生の視線が、教室の後方、ある一人の生徒の席に据えられました。
英文を読むのを止め、先生は「誰だ寝てるのは」と言ったかと思いきや、チョークをその生徒めがけて投げたのです。

正確なコントロール

コツンという、乾いた音をたてて生徒に当たり、チョークが跳ね返りました。
教室は、生徒たちのクスクスという笑い声でざわつきます。

隣りの席の生徒が、「こら起きろ」と、抱えるように起こして、先生を見やります。
先生は口をあんぐりと開けて、見てはならぬものを見てしまうのです。

それは、長髪のカツラを被せられ、ブレザーを着せられ、パッチリとしたお目々の、運動会のヤグラを飾るはずのマネキンの上半身だったのです。

そこにいない生徒を怒るわけにもいかず、あとで、マネキンに入れ替わった生徒は、職員室行きとなったのですが、あらぬことで時間を使ってしまい、先生も後悔したことでしょう。
寝た子は起こさないほうがいい、と。

生徒はのびのびと育つし、先生も幸せに教師生活を送ることができる。
世の中には、そっとしておいたほうがいいこともあるのです。

が、正義感溢れる生徒は、それを許しません。
そんなまやかしの平和であってはならないのです。
せっかくマネキンを用意した生徒の努力は、報われなければならないのです。

知識を教えることだけが先生の役目ではない。
見て見ぬふりの世の中であってはならない。

不正は正されねばならず、従って、寝ているマネキンは、チョークを投げられなければならないのです。そうでなければ、まっとうな世の中にはならない。

そんなこんなで、その年の運動会は、例年にもまして、生徒も先生もドンちゃん騒ぎとなったのでした。