遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

ヴェロッキオの代表作

レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯 (4)

絵画における遠近法は3つの要素で構成される・・・
第一は、距離に応じた立体の大きさの縮小で、
第二は、その立体の色が薄くなるというもの。
そして第三は、立体の形や輪郭の明確さが失われることである。
ダ・ヴィンチ

 

レオナルドの師ヴェロッキオの代表作とされるのは、彫刻「聖トマスの不信』と『コッレオーニ騎馬像』である。

 

聖トマスの不信

十二使徒のなかで一人、キリストの復活を目撃しなかったトマスが、「主の傷跡に指を入れるまで復活を信じない」と復活を否定した。その八日後、復活したイエスが現れトマスの指を傷跡に差し入れる場面を現した作品である。

オルサンミケ―レ教会の壁にフィレンツェを災害から守る多くの聖人像が配されているなかに、この「聖トマスの不信」がある。衣服をレオナルドが担当したとされている。

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ヴェロッキオ 『聖トマスの不信』 オルサンミケ―レ教会


コッレオーニ騎馬像

ベルガモの領主であった傭兵隊長コッレオーニは、ヴェネツィア共和国のために尽くした。彼の死後、遺言により彼の記念像を作ることになったとき、ヴェロッキオ工房が作成した粘土の原型がコンペで採用された。この時レオナルド29歳。

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ヴェロッキオ 『コッレオーニ騎馬像』 ヴェネツィア

 

レオナルドのデッサン『コンドッティエーレの肖像』(大英博物館)とそっくりなこと、ヴェロッキオにはこうした精悍な顔つきの像はないことから、騎馬像の頭部はレオナルドの作とする者が多く、ケネス・クラークは、「かなりの部分を実際に制作したのはレオナルド」と述べている。

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ダ・ヴィンチ 『コンドッティエーレの肖像』 1475-80年 大英博物館

 

ヴェロッキオは完成前の1488年に病死したが、そのあとを継いでヴェネツィア人の彫刻家レオパルディが完成させた。

こうして、レオナルドはヴェロッキオ工房の徒弟として、工房が請け負った仕事の一部を作製したり、ベロッキオの「ダビデ」や「トビアスと大天使」のトビアスのモデルをしたりと、工房での共作の時代を過ごす。

『キリストの洗礼』の天使を担当したレオナルドの絵をみたヴェロッキオに、絵筆を置かせ、二度と絵は書かないと誓わせるほどに、才能の片鱗を見せる。
ヴァザーリによるこの逸話は、天才が師匠を超えた瞬間として歴史に長く語られることになる。

こうした共作の時代を経て、いよいよレオナルドが一人で絵を描く時代となって行くが、現在、レオナルドが一人で描いたと確認されている現存する最古の習作が、ペンとインクで描かれた『アルノ川の風景』である。

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ダ・ヴィンチ 『アルノ川の風景』 1473年 ウフィツィ美術館

遠近法、正確な陰影、後年の絵に見られる岩の表現など科学と芸術の融合を感じさせる試みが見てとれると同時に、子供の頃過ごした思い出もそこにはあったのかも知れない。

(続)