遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

アンブロジアーナの貴婦人の肖像

リスクを負わない者は勝利を手にすることができない。
リスクとは、負けることによって認識すべきものではない。
だが、日本人は、そのようにして生きているように思える。

誰もが敗戦を恐れすぎている。
かつて(日本はパールハ-バで)リスクを負った。・・
何者でもなかった者が、何かになりたいことを望む経験をした。
だが、・・日本は敗戦を味わう。・・

おそらく・・そこが歴史的に日本人のメンタリティの転換期に
なっているのだろう。リスクを負うということが、
日本人にとっては深層的なトラウマになっているのではないか。

日本人には教師や上司の教えを疑うことなく守り、
秩序を乱さない者が最も優秀であるという
特有の価値観が備わっている。・・

「何をどうすればいいか」を、
その置かれた局面ごとに自分で考えプレーする。
それは人生に似ている。
まずは、自分のやり方でやってみる。
こういう自己の意志力が重要なのだ。
イビチャ・オシム 『考えよ!』 角川新書)

 

アンブロジアーナ図書館・絵画館はミラノ大司教であったフェデリーコ・ボッロメオ枢機卿(1564ー1631)のコレクションをもとに設立された。ここに収められているコレクションのなかで代表的な絵画2点が来日している。
東京都美術館 ダ・ヴィンチ展 6月30日まで)

ダ・ヴィンチ楽家の肖像』とロンバルディア地方のレオナルド派の画家『貴婦人の肖像』である。『音楽家の肖像』は、別途ご紹介するとして、今回は『貴婦人の肖像』についてご紹介しましょう。

 

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ロンバルディア地方のレオナルド派の画家 『貴婦人の肖像』 ミラノ アンブロジアーナ絵画館蔵

この絵は、ボッロメオの目録から、1607年ー1611年に購入されたと考えられている。1611年の目録によれば、作者はダ・ヴィンチに帰属され、モデルはミラノ公妃とされていた。

しかし、それ以降今日に至るまで、作者とモデルは様々に言われてきたのである。
・1685年 作者はレオナルド派の画家
・19世紀初め モデルはイル・モーロの妻 ベアトリーチェ・デスデ
・19世紀後半 になるとモデルは様々な候補が挙げられた。
 チェチリア・ガッレラー二(イル・モーロの愛妾。ダ・ヴィンチ作の肖像画もある)
 ビアンカ・マリア・スフォルツァ(イル・モーロの姪。皇帝マクシミリアンの妃)
 イザべッラ・ダラゴーナ(ミラノ公ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの妻)
 トリヴルツィオ家の婦人、マッダレーナ・ゴンザーガ、ヴィオランテ・ベンティヴォリオ
確たる記録がないためにモデルはかくのごとしだ。

そして作者について、レオナルド派の画家とされてからも、ダ・ヴィンチだとする研究者も多かった。19世紀後半、モレッリは、作者はアンブロージョ・デ・プレディス(『岩窟の聖母』でダ・ヴィンチの共同制作者)だとし、ダ・ヴィンチ説を否定した。絵はミラノ宮廷の伝統に従っていること、彼にもビアンカ・マリア・スフォルツァ肖像画があることを根拠としている。

しかし、この絵の質の高さはプレディスの能力を超えるものではないかと言われ、それならばと「プレディスが描き、レオナルドが手を加えた」とスイーダが提起し、ケネス・クラークが支持した。
とまあ、なんともご都合主義のような気もする。

1940年、ロベルト・ロンギは、フェラーラの画家によるものとしてロレンツォ・コスタではないかとし、カルロ・ヴォルべは、エミリア地方の画家としてフランチェスコ・フランチャの帰属とした。

2005年のアンブロジアーナのカタログでは「ロンバルディア地方からエミリア地方にかけての地域の画家」となっている。
この素晴らしい絵の作者が同定されない苦悩の表現のように聞こえる。
とここまでの変遷を辿りながら、最近ではレオナルド周辺の画家と再び考えられるようになっているようだ。

この絵の科学的調査によれば、下地に鉛白と鉛丹、バーミリオンが使われ、これはダ・ヴィンチの『絵画論』に記述があること、リボンや真珠の光、影の描きかたはダ・ヴィンチの教えのほかに考えられず、1490年代の、「レオナルドと非常に近いミラノの画家」だというのだ。

リボンや真珠、顔の影、衣服の模様などダ・ヴィンチのようであり、しかしヘアネットに押さえられた髪の起伏のなさや、衣服の襞が描かれておらず単調であることは、ダ・ヴィンチのようでない。

しかし、1490年代のミラノの肖像画としてはその頂点を示している肖像画

モンモも、ダ・ヴィンチが直接制作に関わった絵ではないと考えているが、随所に「レオナルドらしさ」が見えることも確かだ。「レオナルドと非常に近いミラノの画家」というのが妥当なようだ。