遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

質量の起源 ヒッグス粒子の発見

LHCでの実験は、ほぼ確実に、
標準モデルの先の物理についての手掛かりとなる
清新な性質をもった粒子を発見するだろう。

・・・ひょっとしたらカルツァ‐クライン粒子、
すなわち余剰次元を横断する粒子が現れてくる可能性もある。
リサ・ランドール 『Warped Passages(邦題;ワープする宇宙)』2005年

 

f:id:monmocafe:20190513150715j:plain

リサ・ランドール ハーバード大学物理学教授

 

スイスジュネーブ郊外、欧州合同原子核研究機関(CERNの「大型ハドロン衝突型加速器LHC」という実験装置が2008年9月に始動した。
地下100メートルに建設された円形の加速器で、一周は27Kmに及ぶ。JR山手線1周に相当する世界最大の実験装置である。

f:id:monmocafe:20190513150831j:plain

【写真】加速器「LHC」における最大の実験装置「ATLAS」の建設途中の様子。実験では写真中央の円形部分から手前方向、及びその逆方向に向かって「陽子」が走る。両方向からやってきた陽子どうしが装置の中央で衝突し、その時発生する様々な粒子を周囲に配置された観測装置で検出する。

 

物質にはなぜ質量があるのか、「ダークマタ―」の正体は何か、「第4の空間次元」は存在するのか、人工的にブラックホールはつくれるか、LHCはこうした数々の難問にせまると期待されている。

12月8日の読売新聞の一面に、「『ヒッグス粒子』発見か」という見出しに驚いた。
「とうとう、見つかったのか?」というのがその驚きの感想であった。

光子は質量がゼロなので、秒速30万キロメートル(光速)で飛ぶことができる。しかし、電子やクォークなど大多数の素粒子は光速では進めない。質量を持っているからである。

1964年英国の物理学者ピーター・ヒッグスが、「空間には、素粒子に質量をあたえる『ヒッグス場』が満ちている」という考え方を提唱した。

宇宙の始まりのビッグバンの直後は、すべての素粒子は光と同じ速度で飛びまわっていた。しかし宇宙が冷えてくると「ヒッグス場」が素粒子に対して「抵抗」を生じさせ、ほとんどの素粒子は光速で飛べなくなった。

ヒッグス場は、素粒子に対して、水の抵抗のように作用する。大多数の素粒子は、ヒッグス場の「抵抗」を受けるために、光速で飛ぶことができない。ヒッグス場との相互作用の大きさ(「抵抗」)は、素粒子の種類によって異なるため、素粒子はそれぞれことなる質量を獲得したというのである。

こうして「質量の起源」とされる「ヒッグス粒子」は、あたかも無から質量を生み出すように見えることから、「神の素粒子」とも言われる。

もし、ヒッグス場が本当に空間を満たしているなら、「ヒッグス粒子」という未発見の素粒子が存在すると予言されていたのである。

まさに、「ヒッグス粒子」は、現代物理学の基礎である標準理論を説明する素粒子の一つで、世界の物理学者が、40年以上探してきたのである。

ヒッグス粒子の質量は、0.1~1TeVの範囲にあると考えられており、これはLHCで到達できるエネルギーで、多くの研究者は、LHCヒッグス粒子が発見できると期待していた。

記事によれば、「ATLAS」実験チームと「CMS」実験チームが、「ヒッグス粒子」を見つけた可能性が高まり、13日に緊急の記者会見を開くという。

LHCで陽子と陽子を高速で衝突させ、そこから出てきた粒子をそれぞれ分析した結果、10月末までの実験データにヒッグス粒子の存在を示すと見られるデータがあることが分かった。

もしこれが、ヒッグス粒子であれば、これまでの標準理論にあてはまり、南部陽一郎氏による「自発的対称性の破れ」理論の証拠ともなる。
一方、これがヒッグス粒子でない場合、現代物理学を支えてきた理論が根底から覆ることになる。

新聞では、この粒子の存在が確認されれば、世紀の大発見となる、と書いていた。

LHCが本格的に稼働し始めて、次々と成果をあげているという。きっとこれからしばらくは、リサ・ランドール博士が言うように、未発見の粒子が次々と発見されるかも知れないという期待に、ワクワクする時期が続きそうだ。

子供の頃に抱いた疑問の一つ、「物を壊していくとどこまで小さくなり、どうなるのか」という解を、現代物理学は遥かに超えてしまった。

【出典】
読売新聞 2011年12月8日朝刊
Newton 別冊 『素粒子とは何か』 2009年6月

【参考文献】
リサ・ランドール 『ワープする宇宙』 NHK出版 2007年
ポール・ハルパーン 『神の素粒子』 日経ナショナル ジオグラフィック社 2010年