遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

ヒッグス粒子の発見

誰がこんなものを”注文”したんだ!
(注)予測もしていない素粒子(ミュー粒子)が実験で見つかった時の物理学者たちの反応

生きているうちにこの結果を見られるとは、信じられない。
ピーター・ヒッグス(英;物理学者 83歳)

 

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地下に設置されたLHC(大型ハドロン衝突型加速器)と4つの巨大実験装置
LHCは地下100メートルのトンネル内に設置されている環状の施設。1周27キロメートルで、JR山手線の長さに匹敵する。上の図は直方体型にくりぬいて描いてあるが実際は空洞ではない。

 

欧州合同原子核研究機関(CERN、スイス・ジュネーブ郊外)は、7月4日、「ヒッグス粒子とみられる新粒子を発見した」と発表した。

ヒッグス粒子は、物質に質量を与える「神の素粒子」とも言われ、世界の研究者らが40年以上にもわたって探し続けてきた。現代物理学「標準理論」で考えられている17種類の素粒子のうち、重力を伝える素粒子重力子」とともにまだ見つかっていなかった。(『質量の起源 ヒッグス粒子の発見』参照)

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CERNの「大型ハドロン衝突型加速器LHC)」で、光速近くまで加速した陽子同士を正面衝突させ、真空に満ちたヒッグス粒子をたたき出す実験を行い、昨年まで約500兆回の衝突実験でヒッグス粒子の存在する確率は99.98%と推定していた。

先月中旬まで約600兆回の追加衝突実験データを追加・分析して、日本のチームも参加するATLASチームが99.99998%、CMSチームが99.99995%の確率でその存在を確認し、CERNは新粒子「発見」と結論づけた。

 

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英国のピーター・ヒッグス博士(83)=写真右、AFP時事=とCERNのロルフ・ホイヤー所長=同左=

 

陽子同士の衝突で真空に満ちたヒッグス粒子をたたき出すと言っても、ヒッグス粒子の実物は検出されない。たたき出されたヒッグス粒子はすぐ壊れて、ニュートリノ光子などの様々な別の粒子に変化してしまうからだ。

そこで、ヒッグス粒子の壊れ方を予想してこの現象を探し、探し出した現象から検出した粒子の元がヒッグス粒子であるという確率を統計学的に計算する。素粒子物理学の世界では「発見」と宣言できるのは99.99997%とされるが、今回の実験結果がそれに匹敵する成果だったため、「ヒッグス粒子発見」の発表となった。

 

ビッグバンでこの宇宙が誕生し、その直後はすべての素粒子が光速で飛びまわっていた。ビッグバンから100億分の1秒後、真空がヒッグス粒子の海で満たされ、素粒子の速度が遅くなった(質量が生まれた)。3分後に原子核が形成され、30万年後に原子や分子が形成、10億年後に星や銀河ができ、137億年後の現在に至った。生命は星のかけらで作られており、素粒子が質量をもったことで生命が誕生したといえる。

1897年に最初の素粒子である電子が発見されて115年、人類はこの間、この物質界における素粒子から宇宙の成り立ちを説明する標準理論を構築し、ヒッグス粒子が予言されて48年の歳月を経てようやく標準理論の正しいことが確認されたのである。

そして、人間はその先の未知への探求へと向かう。
もちろん、ヒッグス粒子の性質・役割をより明らかにしていくことになる一方で、標準理論では明らかにされない謎への探求はつづく。宇宙の物質・エネルギーの96%はまだ未知の領域なのだ。

ダークマタ―『ダークマタ―(暗黒物質)』下記参照)の有力候補とされる「超対称性粒子」が「超対称性理論」で予言されている。あるいはマイクロブラックホールを作り「余剰次元」の証拠を手にすることができるかもしれない。

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古代ギリシャの時代、この世の成り立ちへの探究へ踏み出した人類は、2000年を超える人知の積み重ねをさらに続ける。

【出典】
2012年7月5日 読売新聞朝刊
ニュートン 2012年7月号