遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

iPS細胞 祝2012年ノーベル生理学・医学賞

予想以上に生物の体はすごい・・・
私たちの体には、非常に高い柔軟性がそなわっている

人体にも実はもっとかくれた能力があるのではないか・・・
人では手足が切断されると生えてこないが、
それは今できないだけで、
50年後、100年後、200年後もほんとうにできないかというと、
そうでもないのではないか
山中伸弥 京都大学教授、同大学iPS細胞研究所(CiRA)所長)

 

2012年度のノーベル賞生理学・医学賞が、京大教授の山中伸弥教授(50)と英国のジョン・ガードン博士に贈られることになった。

 

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山中伸弥教授

 

授賞理由は「体細胞のリプログラミング(初期化)による多能性獲得の発見」。山中教授は2006年にマウスで、2007年に人間のiPS細胞の制作に成功し、論文発表からわずか6年でのスピード受賞となった。

日本人の同賞は、1987年に「抗体の多様性生成の遺伝学的原理の解明」によって利根川進博士が受賞して以来二人目の受賞である。

ここ2~3年、山中教授のノーベル賞は受賞発表前から予想されていて、いつかは受賞するだろうと言われていた。「IPS細胞(induced pluripotent stem cell;誘導された多能性を持つ幹細胞)」という言葉はもう誰でも知っている有名な言葉となった感があるが、一体どのようなものなのだろう。

 

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数百個のヒトiPS細胞が集まったかたまり(左、中央円形部)とiPS細胞を変化させてつくった様々な細胞・組織の写真(右)。

 

ヒトの体は、少なくとも274種類の細胞から構成されている。これはすべて、そのもととなる受精卵が分裂していくことで作られていく。

ところが、人体の皮膚や小腸などにも、複数種の細胞になる能力と、自分自身を増殖させる能力を合わせ持った「特別な細胞」がある。

それが「幹細胞」といわれるものだ。この幹細胞が、神経細胞、皮膚の細胞、肝臓の細胞など、形も性質も様々に「専門化」した細胞になっていく。

幹細胞が専門化する過程は、通常後戻りができない。これを、山中教授は専門化したあとの細胞から、専門化する前の幹細胞(iPS細胞)をつくり出したのである。そのため「細胞の時計の針を巻き戻した」と言われ、これを細胞の「初期化」と呼ぶ。

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近年、この幹細胞を人工的に作る研究が急速に進められてきた。代表的な人工幹細胞には「ES細胞(胚性幹細胞)」と「iPS細胞」がある。

ES細胞

ES細胞は、受精卵が6~7回分裂した初期胚からつくられ、ほぼ全種の細胞に変化する能力を持つ。
しかし、胚から作られるので医療への応用に向けて二つの問題がある。

一つは倫理的問題。胚はそのまま分裂を続ければ赤ちゃんになる。これを人為的に操作して倫理的に問題は起きないのか。

二つ目は、拒絶反応の問題だ。胚からつくられるES細胞は、他人由来の細胞である。そのため、ES細胞から目的の細胞や組織をつくり、患者に移植しようとすると患者の免疫システムに異物と認識され、攻撃されてしまう。

【iPS細胞】

iPS細胞はこれに対して、患者自身の体細胞からつくられ、ほぼすべての細胞に変化する能力をもつ。そのため、ES細胞の二つの問題を解決でき、医療への応用に向けて加速度的に研究が進められている。

【iPS細胞の作り方】

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【iPS細胞の今後の応用】

再生医療、病気の原因究明、新薬の開発(創薬)などが期待されているが、創薬の分野はリスクのある分野に挑戦する研究者が少ないせいもあって、再生医療にくらべて立ち遅れがあるという。(欧米は日本の10倍の研究者。アメリカは、日本の10倍の国家予算)

山中教授は、この5年間ずっとiPS細胞の安全性を追求してきた。何十株のiPS細胞と10株以上のES細胞を比べてきた。その結果は、基本的にどちらにも質に幅があり、iPS細胞のほうがその幅が大きいことがわかってきた。
但し、質のいいiPS細胞はES細胞と区別できない。

より受精卵に近い質をもった安全性(初期化の度合いやガン化のしにくさ)が担保されたiPS細胞でなければ、医療への応用はできないし、大量に高品質のiPS細胞生産技術も標準化されない。

こうした状況を知れば、某研究者がすでにiPS細胞を患者に移植したという話があったが、専門家からみればまだ移植の水準には到達していない。

何よりも、多くの患者が研究成果を待ち望んでいる。
患者にも、研究者にも、そして日本の産業にも大いなる可能性をもたらしてくれた研究へのノーベル賞であった。

山中教授、おめでとう。

【出典】
雑誌 Newton 2012年9月~11月号