コンちゃんの愛読書
読書は充実した人間をつくり、
会話は機転のきく人間をつくり、
書くことは正確な人間をつくる。
(フランシス・ベーコン;哲学者)
本物の読書は、人を別人にする。
(桜庭一樹)
(注)彼女の読書体験も、シャーロックホームズから始まった。
そして「生涯の一冊」も私と同じ辻邦生著『背教者ユリアヌス』。
昔、職場にコンちゃんという青年がいた。
パートナー会社の社員で、程なくして異動になってしまったが、モンモには貴重な戦力だった。100キロもあろうかと思われるほどの巨漢だったが、読書家だった。
コンちゃんとモンモには『グインサーガ』という、今は亡き栗本薫さんの共通の愛読書があった。本編129巻で未完となったのだが、個人作家でギネス入りの日本が誇るSF大河小説だ。
その新刊が出るたびに、モンモにそっと寄ってきて、「出ましたよ」と囁くのだ。
「そうか、出たか」
決まってそう答え、会社の帰りに書店に寄って買うのが常であった。
そんな彼には、もう一つお気に入りの長編小説があった。
『ぺリーローダン』シリーズという、ドイツの作家が持ち回りで書き続けている宇宙を舞台にしたSF小説だ。
第一巻の『ペリーローダン』
ご存じの方も多いだろうが、日本語訳では2012年10月10日時点で434巻というから、それを第一巻から読むとなると、それだけで気が遠くなりそうな小説なのだ。
調べてはいないが、おそらく、ドイツ版では800巻位にはなっているのではないだろうか。
その長編をコンちゃんは読んでいて、「また買ってしまいました」とモンモに言いにくるのだ。「モンモさんも、読んでみて」としきりに勧めるのだが、なかなか挑戦するのには覚悟がいりそうなので、読み始めることはなかったのだが、新刊が出るたびのコンちゃんの報告は止むことはなかった。
「また読んでしまいました」
「何巻目なの?」
「ハイ、××巻です」
なぜか、彼の報告には、やめるにやめられない者の悲哀が漂っていたのだ。
いつ終わるとも知れない先の見えない小説、でもやめられない。
読書人の「業」というべきものかも知れない。
「どうですか、モンモさんも読んでみましょうよ」
冗談ではないぞ、そんな「ローダン」地獄へ誘われてたまるか。
「可哀想になぁ、コンちゃん、俺は絶対読まないぞ。コンちゃんは最後まで読まなくっちゃね」
なんて言いながら、彼をからかっていた。
ある日、モンモの自宅の古い本を整理していた。大型の本箱が6つほどあって、もう限界になってきたので、捨てるか売るかしようと分別していたのだ。
ごそごそと、本箱から本を引き出しては分類していたら、ふと見やった「ハヤカワ文庫」の背表紙のタイトルが眼に入った。
なんとそこには、こう書かれていたのだ。
宇宙英雄ローダン・シリーズ1 大宇宙を継ぐ者
「・・・」
さすがのモンモも、これには絶句し、しばし呆然とそのタイトルを見て立ち尽くしてしまったのだった。
そんなことがあって更に多くの年月が経ってしまった。
まだ読んではいないのだが、この本を見るたび、コンちゃんのことを思い出す。
まだ、ペリーローダンを読んでいるだろうかと。