遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

2016年 読書総括

人間が偏狭な考えや狂信を避けうるのは、
多くの書物を虚心に読み、
自由に考えることしかない。
辻邦生 『春の戴冠』 新潮社)

わたしは世界中のすべての本を一冊ずつ欲しい!
(サー・トマス・フィリップ)

 

今年は少し落ち着かない年でしたので、なかなかブログ更新ができませんでした。
来年はどうだろうと思いをめぐらしますが、予想などできようはずもありません。
この一年の読書総括をしてみましょう。

今年は読みごたえのある本がたくさんありました。再読や、積読本から読んだものもありますが、それらの中から、順位をつけずに10冊をご紹介し、今年の読書総括一覧をつけて総括とさせていただきます。
ご参考にして頂けたらと思います。

【ミステリー】
D・ラーゲルクランツ『ミレニアム4蜘蛛の巣を払う女上・下』早川書房2015年12月

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スティーグ・ラーソンが3作まで書いて亡くなったのはご存知の方も多いでしょう。
『ミレニアム』シリーズも終わりかと思うととても残念だったのですが、『ミレニアム4』を書店で目にした時は、驚くと同時にとても嬉しかったのを覚えています。
そう、リスベットミカエルのコンビが戻ってきたのです。

リスベット・サランデルをもっと謎めいたままにしておけばいいのに、或はもっと超人的に描けばいいのにとは思うのですが、まあ、また読めるのですから良しとしましょう。
ラーソンの後を継いで、ラーゲルクランツというジャーナリスト出身の作家が書いています。えてして、同じシリーズの小説を書き継ぐ場合、オリジナル作家のエネルギーやパワーを維持できるのかが心配になりますが、どうやら心配はなさそうで、ラーゲルクランツのやる気があれば、読者もまだ続編を楽しめそうです。

【海洋冒険】
マイクル・クライトン『パイレーツ』早川書房 2009年12月

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SF界の巨匠マイクル・クライトンの遺稿となった海洋冒険小説です。日本では海洋冒険どころか、冒険そのものが日常から消えてしまった感があるのですが、こんな世界をまだ描くことができるアメリカ精神の活力とも言うべきものを感じます。
縦横無尽にカリブ海を暴れまわる海賊の物語を是非ご堪能あれ。「血沸き肉躍る」「手に汗を握る」展開は、きっと純粋に「本を読む楽しさ」を教えてくれるでしょう。

【イギリスの歴史】
トレヴァー・ロイル『薔薇戦争新史』彩流社2014年8月

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シェイクスピア没後400年の今年、まだ読んでいなかったシェイクスピアを再読も含め全て制覇しました(原書ではないのが残念ですが)。
本書はシェイクスピア史劇の背景となる薔薇戦争を知るにはもってこいの本です。上下二段の大判400ページもの本ですので、イギリスの歴史に興味が無い人にはお勧めしません。中世イギリス、シェイクスピアに興味のある人にお勧めです。

【歴史ミステリー】
ジョゼフィン・テイ『時の娘』早川文庫1977年6月

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シェイクスピアの記事にも書いたのですが、この本は1977年の初版本ですから相当に古い本です。が、「現代」の人間が真のリチャード三世像を求めて、歴史の迷宮を探索していくという筋立てに全く違和感はありません。

シェイクスピアが描いたことで、後世にすっかり悪者のイメージを植え付けられてしまったリチャード三世ですが、本当は違うのではないか。残された歴史資料を手掛かりに追及していく迫力は圧巻です。
イギリス史に疎くても、ミステリー好きなら大いに楽しめるでしょう。

【イギリス文学】
シェイクスピア『ヘンリー六世 全三部』松岡和子訳 ちくま文庫2009年9月

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この三部作はシェイクスピアのデビュー作です。史劇の中でも、モンモは代表作と思います。これがシェイクスピア史劇の原点であるが故の意気込みや初々しさが込められています。
但し、人物の相関関係が複雑なので、あまり歴史に興味が無い人にはお勧めしません。

【戦史】
イアン・トール『太平洋の試練Ⅱガダルカナルからサイパン陥落まで上・下』

文芸春秋 2016年3月

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12月28日に真珠湾安倍首相オバマ大統領とともに、素晴らしいスピーチを行いました。スピーチライターはいたようですが、日本の総理大臣としては、これまでに類を見ない演説だったと思います。

太平洋戦争は、おそらく当時最強だった二つの軍事大国が正面から戦った戦争でした。その実相をイアン・トールは政治的、経済的、軍事的側面から縦横に描き出しています。戦争とは狂信的な「精神力」では勝てないことを、リアルに冷静に描いています。

当時の日本の戦争指導部は、何の方針も展望も持ち合わせていませんでした。合理的な判断もなければ、事実を基にした現状分析もできていなかった。戦争を遂行する基本的能力の欠如をまざまざと見せつけられます。

日本に対し「歴史を直視せよ」という国がありますが、政治的な色彩を帯びたこれらの言葉よりも、この本には「歴史を直視」せざるを得ない戦争の実相がリアルに描かれています。
本書は、『太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで上・下』に続く2作目です。おそらく、完結編となる三作目が来年出版されるでしょう。

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歴史小説
辻邦生『春の戴冠 上・下』新潮社1977年6月

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これは再読になります。フィレンツェにおけるルネッサンス、最も華やかなりし時代とその終焉をボッテチェリの生涯を通して描いた物語です。
辻邦生を知る人は、もうあまりいないでしょう。彼の著作は「詩人が書いた小説」、モンモはそう思っています。『背教者ユリアヌス』、『フーシェ革命暦』、『西行花伝』と並ぶ代表作の一つと思います。

【科学】
リサ・ランドール『ダークマターと恐竜絶滅』NHK出版2016年3月

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積読状態の科学書はたくさんあるのですが、今年は他にカール・セーガンの『悪霊にさいなまれる世界 上・下』(早川文庫2009)他1冊しか読めませんでした。
ちょっと少なすぎますね。

【哲学・思想】
イジドア・F・ストーン『ソクラテス裁判』法政大学出版局1994年3月

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哲学の始祖とでもいうべきソクラテスが、なぜ裁判で有罪となり、弟子の勧めで逃げられたのにそれをせずに死んだのか。当時の残された資料の端々を繋ぎ合わせて、その謎に迫っていきます。

アテネで生活していながら、ソクラテス及びその一派はアテネ民主制を嫌っていたというのです。彼らは寡頭制のスパルタを理想的な政体とし、民衆は、王や権力者の言うことに従っていればそれでいいのだ、という考えだったというのです。

裁判の過程で、ソクラテスは容易に自分を訴えた者たちを論破できたのに、なぜそうしなかったのか、著者の論理に「なるほど」と思う人は多いかも知れません。
ソクラテスのことについて「無知の知」以外は、一般的に知られてはいないでしょう。歴史の彼方に埋もれたままの感があります。それに、プラトンの著作に描かれるソクラテスの姿しか後世にはあまり伝えられておらず、ソクラテスを訴えた側の意見はほぼ聞こえてはきません。

プラトンら弟子たちが書かなかったことは何か、そこに焦点を当てて、ソクラテス裁判の実相に迫ろうとした力作です。

【イタリアの歴史】

ハロルド・アクトン『メディチ家の黄昏』白水社2012年2月

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フィレンツェといえばメディチ家メディチ家といえば豪華王と言われたロレンツォ・デ・メディチ。その後、初代トスカーナ大公となるコジモ一世の弟脈へ移っていきます。そして、メディチ家の終焉は、コジモ三世に至って、その色を濃くしていきます。

キリスト教の信仰に入れあげていった彼のもとで、僧侶と売春婦ばかりが増えていき、民衆は重税に喘ぎ、陰鬱なフィレンツエになって行きました。医学以外の学問は奨励されることはなく、封建的宗教観が支配する世界に変貌してしまったのです。
フランス、スペイン、オーストリアなどイタリアよりいち早く近代国家を成立させていった諸外国に干渉され、コジモ三世は公国をこれら列強の支持を取り付けることでしか生き長らえさせることができなくなってゆく。

ジャン・ガストーネが父の後を継ぎ、政教を分離し、公国の負債を減らすなど父親の失政のいくつかを正していきますが、本人は飲んだくれで、400人近くのならず者たちを遊び仲間として侍らすなど、大公としての資質には欠けていたようです。

結局、メディチ家は、世継ぎに恵まれることなく、公国の運命を自分達では決められず、その支配は他国によって決定されてしまう。このメディチ家の終焉を、ハロルド・アクトンは、豊富な資料から淡々と描き出していきます。

この人の著作は30点近くあるというのですが、日本では初めての翻訳出版であるといいます。こんな面白い歴史書は、めったにお目にかかれないかも知れません。「ハロルド・アクトン」、この名を是非覚えておいて欲しいと思います。

最期に、2016年読書一覧を記載しておきましょう。

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それでは、来年が皆様にとって良い一年でありますように願っております。
あまり、ブログ更新ができないかも知れませんが、何とか少しでも頑張りたいと思っています。
来年もどうぞよろしくお願い致します。