遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

リサ・ランドール ダークマターと恐竜絶滅

この広い宇宙のなかに、
私たちがこうして存在していることの驚異を思うと、
私はいつも元気が湧いてくる。
世界のつまらない争いにも、目先の心配事にも惑わされずに、
科学が世界について教えてくれることの
広大な範囲をしっかり視野に収めていこうと。
・・・
上を見てみよう。
まわりを見てみよう。
魅惑的な宇宙がそこに広がっていて、私たちが耕し、慈しみ、
理解するのを待っているのだ。
(リサ・ランドール『ダークマターと恐竜絶滅』NHK出版2016年)


何年か前に仕事で横浜に行った帰り道、夕闇の空に肉眼でもはっきりと見える彗星が短い尾を曳いていた。ヘールホップ彗星だったか。仕事仲間たちと「彗星とは知らない大昔の人々には驚異だったろうね」などと話しながら飲み会へと向かったものだった。
別の日、夜空に流星群が降っていた。地上に落ちたかと思えるほどの大きさのもあって、思わず首をすくめたのは、ペルセウス流星群だった。こうした流星群の壮麗さにも、きっと大昔の人は驚いたことだろう。

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リサ・ランドール著『ダークマターと恐竜絶滅』(NHK出版2016年)
このなんともワクワクする二つのキーワードからなる本は、『ワープする宇宙』『宇宙の扉をノックする』に続く3冊目の著作になる。一般向けの純粋な科学書だ。

 

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1908年、ロシア・ツングースカ上空6~10kmで直径約50mの火球が崩壊し、マグニチュード約5.0の衝撃波は2000平方キロメートルの森林を破壊した。TNT換算で約10~15メガトン、広島型原爆の1000倍以上の威力をもつ爆発だった。

記憶に新しいところでは1994年、シューメーカー・レヴィ第9彗星の1マイルほどの大きさの断片が木星に衝突し、木星表面の黒雲は地球大の大きさにもなった。

2013年、ロシア・チュリャビンスクで火球が上空20~50kmで爆発し、1500人がその衝撃波でけがをした。直径15~20m、重さ13000トンの隕石が秒速18kmの速さで地球の大気圏に突っ込んできたのだ。その威力はTNT約500キロトンに相当する。この火球が飛ぶ動画を見た人も多いだろう。

隕石などの流星物質は、流れ星や時おり地球近傍にやってくる小惑星彗星も含めて、今の私たちにはありふれたものだと知られている。

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6600万年前に恐竜が絶滅したことはよく知られている。絶滅の原因が論争されてきたが、今では巨大な流星物質が地球に衝突したことが原因で絶滅したのだと地質学者や古生物学者天文学者らが明らかにしてきた。

地球に遺されたその痕跡も、直径180kmにも及ぶユカタン半島チクシュルーブ・クレータと特定されている。直径10~15kmの流星物質(天体)が少なくとも秒速20km(彗星ならその3倍以上の速さ)で衝突したのだ。TNT100兆トン相当のエネルギー(広島型原爆の10億倍以上)を放出し、衝突から数か月以内で地球上の全生物の半数以上が灰になったとされる。

しかも、それだけではない。この地球の45億年の歴史には、5回の大規模の大量絶滅が、20回の小規模な大量絶滅周期的に起こっている痕跡があるという。
これら流星物質による恐竜絶滅に、ダークマターがどうかかわってくるのか。

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ダークマターとは目に見える物質とは全く相互作用をせず、重力によって間接的にその存在が確認されている「物質」だ。全宇宙のエネルギー密度の約26%を占め、原子(目に見える物質)5%の5倍以上、全物質(原子+ダークマター)の約85%を占める。
ダークマターがあったからこそ、この宇宙の構造が形造られたといってもいいが、まだ科学はその正体をとらえていない。

太陽系は、天の川銀河中心から27000光年の距離にあって、秒速220kmで銀河中心を2億4000万年をかけて一周している。しかも銀河面を3200万年くらいの周期で上下に横断しながら、である。
太陽系はその外郭にオールト雲を擁し、そのオールト雲起源の彗星が時折太陽へ向かう。

上下に周期性をもって銀河面を横断する太陽系。その銀河面を横断するときに太陽系に強く働く潮汐。太陽からの弱い重力によって保たれているオールト雲が、この銀河の潮汐力に揺さぶられるとしたら。そして、銀河面のダークマター密度に現れる、シミュレーション値と観測値の乖離の謎。

そこに「ダークマターの円盤」なるものが登場し、ある仮説が明かされる。
ダークマターと恐竜絶滅との驚くべき関係が、今得られる観測データや各種調査データに裏付けされて、明らかにされてゆく。

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宇宙に関するこの仮説形成の見事さには、本当に驚かされる。
ギリシャ哲学の正当なる継承者が、ここにいるのだと思わずにいられない。
リサ・ランドールは、素粒子物理学の第一級の研究者である。
彼女が持つ、地質学、古生物学、天文学、天体物理学などへの、深く広範なバックボーンをもった実証的な論理。
きっとあなたも、最先端の科学者の本当の「凄み」を感じることができるだろう。