遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

ローレンス・クラウス 宇宙が始まる前には何があったのか?

それが夢であれ悪夢であれ、われわれは自ら経験することを、
ありにままに生きなければならない。・・・
ものの見方を切り替えるだけで、それをゲームにすることはできない。
(ジェイコブ・ブロノフスキー)

われわれが「常識」という言葉で表すところのものは、
自然に関する知識の進展とともに書き換えられなければならない。

ヒルのように見え、アヒルのように歩き、
ヒルのように鳴くものがいたら、それはおそらくアヒルなのだ
(ローレンス・クラウス)

 

ローレンス・クラウス『宇宙が始まる前には何があったのか
(原題は’A UNIVERSE FROM NOTHING' 文芸春秋 2013年11月)を読んだ。

 

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著者は、アメリカ物理学界の顔のような存在で、1995年にマイケル・ターナーとともに、真空のエネルギーはゼロではないと唱え、その後1998年に宇宙の膨張速度が加速していることがわかると、膨張が加速しているのは宇宙空間そのものにエネルギーが含まれているからではないかと考えられ、クラウス、ターナーの説が観測から裏付けられた。

さて、無から宇宙が生まれるからくりの理解はそう容易ではない。
無(真空)には「量子のゆらぎ」があり、一瞬の間に指数関数的に10の28剰倍もの大きさに宇宙が膨張し、そのゆらぎが宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎとして観測されており、銀河や星や惑星や人間になるための種なのだといわれても、それではなぜその「量子のゆらぎ」が何をきっかけとして、或はどんな量子的特性にもとずいて、空間に指数関数的膨張をもたらすのかという部分は、なお理解が及ばない。

ともあれ、アラン・グース佐藤勝彦らが唱えた、宇宙は無から指数関数的に膨張したのだという説は、数々の観測結果からもっとも成功した説明になっているらしいのだ。「らしい」と書くしかないのも、悔しいかなその説明を理解するだけの力が、モンモにないからなのだが・・・。

 

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アンドロメダ銀河と伴銀河M32

「宇宙は如何に始まり、如何に終わるのか」という壮大な物語の裏には、もう一つのテーマが底流にある。
アメリカではダーウィンの進化論を教えない学校があると聞く。それは聖書に書かれている人間の誕生が、進化論と相いれないからだ。今でも神学論争が続いているのだろう。

同じように、「無から宇宙や物質が生まれるなら、それは無ではない」という哲学的神学論争を、キリスト教界から挑まれているのだという。労多く、実りが多いとは限らないこうした議論に著者は誠実に向き合っている。
科学の発展は何も文明の基盤を変えるだけではない。こうした啓蒙活動によって、社会の常識や人々の考え方をゆっくりと変えていく。

言葉の解釈によって、あるいは言葉の意味のすり替えによって、私たちは何を得るのか、あなたたちは何を実証してきたのかと。「神学は新しい知識を何ひとつとしてもたらしていない・・・それ(科学者たちの説)を覆す証拠があるなら教えてほしい

この時代にまだそうなのかと思うのだが、科学的な知識がいくら実証され積み上げられても、それを受け入れない人々がいる。キリスト教の価値観が支配していた中世、コペルニクスガリレオニュートンら科学者たちは、当時支配的だったキリスト教の価値観(天動説)を、一枚一枚引き剥がしていったといっていい。

本書のあとがきを寄せたリチャード・ドーキンスによれば、ダーウィンが現れるにおよんで自然神学者たちが逃げ込んだ先が、物理学や宇宙の起源だったという。しかし、そこに待ち受けていたのはローレンス・クラウスや彼の先輩たちであった。

人間の知恵など、自然の驚異の前にはとても小さなものだ。だからこそ私たちは自然を前に謙虚になるのだろう。だから、そのちっぽけな人間が作り出した「常識」や「価値観」はその意味で、科学的探求によって常に挑まれているといっていい。

その結果を受け入れるか受け入れないかは、個人に委ねられるが、「科学は、神を信じることを不可能にするのではなく、神を信じないことを可能にする」というクラウスの言は印象的だ。「神」を「常識」と入れ替えてみても同義だ。

 

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オリオン座馬頭星雲付近

速度を増して膨張を続ける宇宙の未来はどうなのか。
いずれ光速を超える速さで宇宙が膨張することになるので、いまから2兆年先には、私たちが属する銀河団以外の銀河や星は、見えなくなるという。
4000億の銀河が消えた夜空、それが私たちの視界を占める。

何とも「暗い」夜空の未来が待っている。
ロマンチックな未来とはならないようだ。
2兆年後には、ビッグバンの残照すら観測されなくなる。ずっと昔に、マイクロ波背景放射や膨張する宇宙を観測したことなど知られることもないだろうという。
もっとも、50億年後にはこの地球は太陽に飲み込まれるので、心配するに及ばない。