遥かなる「知」平線

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ダ・ヴィンチ ウィトルウィウス的人体

レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯(19)

人間は万物の尺度である・・・
全体を構成するあらゆる部分は、
全体に対して正しく比例していなければならない
ダ・ヴィンチ

神の摂理は、我々の前に開かれている最も巨大な書物、
即ち大自然のなかに書かれている。
その書物は数学の言葉で書かれている。
ガリレオ

 

ダ・ヴィンチに、1490年頃に描いた「ウィトルウィウス的人体」という素描がある。おそらく彼の素描のなかでも最も有名なものだろう。

 

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ダ・ヴィンチ 『ウィトルウィウス的人体』1490年頃 ヴェネツィア・アカデミア美術館)

ウィトルウィウスは紀元前1世紀の建築家である。
建築設計では人体の各種比率を用いるのが理想的とした。
著書『建築について』の中で、「へそ」は人体の中心で人間があおむけに横たわって両手足をまっすぐに伸ばすと、「へそ」を中心として指先とつま先を通る円が描け、かつ正方形の枠の中にぴったりと納まる、と書いた。

 

ダ・ヴィンチと同時代人でチェーザレ・チェザリアーノというミラノの土地測量士が、彼なりのウィトルウィウス的人体図を描いたが、あまり評判が良くなかった。胴体と手足のつり合いがおかしい。

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(チェザーレ・チェザリアーノ 『ウィトルウィウス評釈』1521年)

ダ・ヴィンチは人体を計測した。例えば、理想的な顔については次のようにいう。
「唇の合わせ目から鼻の下までの距離が、顔全体の長さの7分の1であること・・・唇からあごの下までの距離が、顔全体の4分の1を占め、かつ唇の幅とほぼ同じであること・・・あごから鼻の下までの距離が顔の3分の1を占め、鼻から額までの長さと等しいこと。鼻の中心点からあごの下までの距離が、顔の長さの半分になること」

多数の素描を見れば、ダ・ヴィンチは計測した人体の各部の比例関係を基に作品を創ろうとしたし、ウィトルウィウスの記述に関しても、円と正方形、そして実測を基にした人体図の関係を描くことで、ウィトルウィウスに応えたのだと思う。

円と正方形の中心は一致しない。
身長と両腕を広げた距離が正方形の一辺に等しい。
「身長が14分の1だけ低くなるように両足を開き、中指の先端が頭頂部に接する線に触れるように腕を上げると、伸ばした手足の中心はへそになり、両足のあいだの空間は正三角形をつくる」

幾何学と実測を基にした理想化された人体図の関係に何か意味があるかどうかは分からないが、自然界には不思議な関係があると言いたかったのかも知れない。
後世の人々が、「宇宙それ自体のメカニズムの象徴」だとか、描かれた人物像はダ・ヴィンチ自身の自画像なのではないかとか、言っていたとしても、この素描に何らかの意味を探ることがさほど重要なことだとは思えない。

人体を実測し、その結果、円と正方形と人体は、図に描かれたような関係にある。ダ・ヴィンチはただそれを示したにすぎないのではないか。
そして結果として、人間の形態的特徴を示す象徴となったのだと思う。

(つづく)