遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

リサ・ランドール 宇宙の扉をノックする

どれほど小さな問題でも、それについての真実を見つけるほうが、
どのような真実にも到達しないまま
大問題について長々と論争を続けるよりも、よほど価値がある
ガリレオ

世界は一直線の道ばかりではない・・
パズルのある部分は埋められるかもしれないが、
まだ埋められない部分が出てきたら、
そこはとりあえず放っておいて、あとで埋まるのを待てばいい。・・
このやり方を支えるのが、より広い知識であり、より広い視野である。

新しい地平に直面した人は、
とりあえず不安を抱えながら生きていくしかない。・・・
新しい現象を調べようとするかぎり、
未知のものに出くわすのは避けられないし、
それにともなう不安を避けることもできない
(リサ・ランドール)

 

リサ・ランドール宇宙の扉をノックする』(NHK出版 2013年11月)は、一般読者向けに書かれた『ワープする宇宙』に続く2冊目の著作となる。

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現代において人類を代表する巨大かつ精緻な構築物をあげるとしたら、それはスイス、ジュネーブにあるCERN(ヨーロッパ合同原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)なのではないだろうか。この世の成り立ちの根源を探ろうという人類知の水準を代表するという意味において。

読者がこの本の内容を理解するための前提として、人が一般的に認知できるスケールから宇宙、原子のスケールについて述べた後で、素粒子探索の舞台となるLHCの構造について説明してくれる。

全周26.6キロメートルもの環状の地下トンネル。このトンネル内の電場が、何十億もの陽子を含んだ2本のビームを逆方向に光速近くまで加速させ、トンネル内を毎秒11000回の速さで周回させて衝突させる。
その目標は、未経験の極小の距離尺度と高エネルギーで、物質の根本構造を詳細に調査することだ。衝突によって生み出される一連の粒子によって、宇宙の進化の最初期(ビッグバンのおよそ1兆分の1秒後)に起こった粒子の相互作用が明らかにされるのだという。

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LHCの超伝導磁石を稼働させるに必要な1.9Kという宇宙で最も冷たい温度、地球の磁場の10万倍もの強い磁場を生み出す史上最強の超伝導双極磁石、陽子を入れる管は大気の10兆分の1の真空。LHCの磁場はTNT火薬2トン相当のエネルギーを保存し、陽子ビームがその約10倍のエネルギーを、10億分の1グラムの物質の小片に保存する。

機械から放たれた陽子ビームの凝縮エネルギーはグラファイト複合材の長さ8メートル、直径1メートルの1000トンのコンクリートで包まれたシリンダーに投げ込まれる、というようにLHCはいかに人類が作り出した空前絶後の巨大精密装置かということを解説してくれる。

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(ATLAS;LHC最大の実験装置 全長46m、高さ25m、重量7000トン)

そして、自身の余剰次元理論を含む標準理論の次のトップモデル、ダークマターダークエネルギー探索の手法まで解説は及ぶ。

2011年に書かれているので、その時点ではまだヒッグス粒子は発見されていないが、LHCでのヒッグス粒子発見の予言は無論のこと、ミニブラックホール余剰次元の証拠となる超対称性粒子などの発見がLHCでは期待されており、ここでの実験から科学者は目が離せない。

とまあ、例によって一般読者向けとはいっても結構ハードな内容になっているが、科学者、作家、美術家、音楽家などどんな分野でも必要とされる創造性にとって共通の資質があるという部分は、「そうだ」と思う人も多いだろう。

「持って生まれた技能や才能は大事だが、・・技能を磨き、集中して熱心に修練を積まなければ、何事においてもたいした達成はできない。だが、早いうちから機会を得て組織的な準備をしていれば、それで十分だというわけでもない。・・・熱心に何かに集中して修練を積めるのは、それ自体がひとつの才能」だ。

創造的な人間にとって、まず欠かせない技能は、適切な疑問を投げかける能力である」「適切な疑問が思い浮かぶのは、たいてい大きなビジョンと小さなディテールの両方が頭に入っているときだ。・・
大きな疑問を特定しただけで事足りることはめったにない。なぜなら小さな問題を解決することで、初めて進歩につながる場合がほとんどであるからだ」とミクロとマクロの視点が同時に必要だというのは、日々の仕事で感じている人も多いだろう。

「あらゆる分野の創造的な人間は、袋小路での立ち往生に甘んじたりはしない。ある方法で問題が解けないのなら、別の方法を探すまでだ。・・・進み続けるには答えが実在することを信じなくてはならないし、世界には必ず一貫した内的論理があって、それを最終的には見つけられるはずだと信頼しなくてはならない。

助言者としての著者の「最も重要な役割は、(大学院生たちの)思いついた好ましいアイディアを見落とさないように注意して、・・きちんと拾い上げてやることであり、それと同時に、彼らが私の考えた案に抜け穴を見つけたときは、その指摘にきちんと耳を傾けることである。こうした対等のやり取りこそが、創造性を教えるー少なくとも育むー最良の方法のひとつだ
企業での上司と部下の関係も同じことがいえる。

 

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(CMS;ATLS同様の実験装置 全長21m、高さ15m、重量1万2500トン)

そしてこうまとめる。

私たちは自分がどこへ向かうのか、必ずしもわかっていないときがある。それでもそのとき、実験や理論が頼もしい道案内を務めてくれる。準備と技能、集中と忍耐、適切な設問、自分の想像力への慎重な信頼が、いずれも理解への探索を補助してくれる。・・・
自由な精神、他者との対話、先人や同輩に負けまいとする気持ち、答えはきっとあると信じる気持ちも大切だ。動機がなんであれ、そしてどんな種類の技能が必要となるにせよ、科学者はどこまでも内側と外側を探りつづけていくだろうー宇宙に蓄えられているまた別の独創的な機構が明らかになるのを楽しみに待ちながら。」

先端物理学のこの啓蒙書は、読むのは容易ではないが、
「理解できないことに出くわしたら、そこは飛ばして、とにかく自己流で解釈しながら最後までいき、それから悩まされた部分に戻ってくればいい。夢中になってさえいれば続けられるー意味がわかることも、わからないことも、すべて乗り越えていけるだろう。
という著者の言葉に励まされつつ読み進めれば、何とか終章にたどり着くだろう。

 

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リサ・ランドール

科学は、社会を変える。
科学的思考は今日の世界において非常に大切なものであり、社会的争点や政治的争点も含めた多くの難しい問題に取り組むうえでの本質的な手段を与えてくれる。

歴史に対する態度だってそうだ。歴史は政治の手段ではない。

テクノロジーは手段であり、「不可欠なのはコアとなるアイディアだ。科学の実践によってもたらされる現実世界の本質についての洞察こそが、・・世界を一変させる画期的なものを生み出せる。・・問題解決や新しい発展につながる洞察は、さまざまなかたちでの創造的な思考からしか生まれてこない

たまには、こうした本にトライしてみてはいかがだろう。
読み終わったあとに、あなたの世界観は少し変わるかも知れない。