遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

ユリウス・カエサルの「ルビコン」

人間は、見たい現実しか見ないものだ。

人はみな生まれながらにして自由を求め、隷属を嫌う。
ユリウス・カエサル

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カエサル像)

2010年10月3日15時、その劇は、主人公が暗殺される場面から始まった。
「終わり」から「始まった」のである。

カエサル 「気をつけろと言っていた日が来たが、私はまだ生きている」
占い師  「いかにもやってきた。でも、まだ終わった訳ではない」
(BC44年3月15日カエサル暗殺)
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ルビコンを渡ったカエサル松本幸四郎)は、電光石火でポンペイウスを追っている、そう聞いた。

クレオパトラ小島聖)は、プトレマイオス朝の自分の弟と共同統治者であったはずが、自分をないがしろにし、自分の実権を奪っている弟王に抗する術がない。

ポンペイウスカエサルの二人のローマの武将は、ここエジプトを目指している。
ひょっとして、これが私にとってのチャンスかも知れない。
ポンペイウスか、カエサルか」

潮騒の音を背に、クレオパトラは、虚空へ手を伸ばして叫ぶ。
「来て、わたしの運命」
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ポンペイウスが大敗したファルサルスの戦い、平原の戦死者と戦傷者のうめき声を前にしてカエサルはいった。

彼ら自身が、こうなることを望んだのだ。

ファルサルスの戦いに敗れたポンペイウスは、エジプトでクレオパトラの弟王によって殺され、ローマの覇権はカエサルのものとなった。
 
終身独裁官となったカエサルに対し、独裁を嫌う共和派が民衆に訴える。
「まだわからないのか、このローマは独裁者に支配されるんだぞ、
これが新生ローマの共和制なのか。」

しかし、民衆はカエサルを支持し、歓呼をもってカエサルの名を呼ぶ。
その喧騒のなか、マルクス・ブルータス小澤征悦)は叫ぶ。
独裁者は、向こうからやって来るんじゃない。民衆がつくりだすんだ。
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カエサルは、ガリアを平定し、ユリウス歴を採用した。現代の新聞は、ガリアからの戦況(『ガリア戦記』)をローマの民衆へ知らせるべく始めた「壁新聞」に由来する。また当時、書物は「巻紙」であったものを現在の「本」の形にしたのもカエサルである。

拡大するローマを統治するには、元老院の政治では限界と知った唯一の人間。自らの意向を元老院の政策に反映させようとガリアの地からアントニウス等の部下を派遣しローマに対する影響力を行使した。

カエサルの長い手」である。

以前、独裁官スッラの「粛清」の記憶がまだ生々しいローマの民衆。
カエサルとてルビコンを越えるにはしばしの躊躇があったのだ。

勢力を増すカエサルを快く思わない元老院派は、「元老院最終勧告」を突き付ける。

ローマのために、ガリアを平定した「お前たちの司令官」(カエサルは自分をそう呼んだ)に、武器を捨ててローマに入れと元老院は言う。軍団を解散し即刻帰国せよと言うのだ、受け入れなければ国家の敵であると。

兵士を前に、カエサルは訴え、そして、ルビコンを前にして行きつ戻りつをしばし繰り返し、決意を固めていく。
     
「渡ればこの世の悲惨、もどれば我が身の破滅・・・・・・。
IACTA EST ALEA(賽は投げられた)!」

カエサルは、ローマへ向け怒涛の進撃を開始する。
これを聞いたキケロは、次のように言ったという。
「いま話しているのは、ローマ人のことなのか、それともハンニバルのことなのか」
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劇では、ルビコンを越える場面が、ハイライトのはずであった。
しかし、その場面がないまま、ルビコンを渡り、ファルサルスの戦いを経て、カエサルはエジプトへ現れる。

見る者に疑問を持たせつつ劇は終盤を迎える。
が、・・・・、カエサルの希望と無念が、2000年の時を越えて現代の私たちに伝わるフィナーレに、ルビコンは用意されていたのであった。
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劇 『カエサル
原作;塩野七生、脚本;斎藤雅文、演出;栗山民也
2010年10月3日15:00開演、日生劇場1階XA列9番
小島聖さんのクレオパトラが、印象的であった。

【参考文献】
カエサル 『ガリア戦記』 『内乱記』
塩野七生 『ローマ人の物語Ⅳ』 『ローマ人の物語Ⅴ』 新潮社
トム・ホランド 『ルビコン』 中央公論新社 2006年