UFOと予知夢
近代合理主義のもと、現在の文明を支えている科学から見れば、それは何らかの「脳記憶システムの錯覚」、「自然現象の誤認」ということで、理由づけされるのかも知れません。そうした体験を、私もいくつかしたことがあるのです。
今回は2つほど、不思議な話しをご紹介しましょう。
しかし、今日の話のようなことを経験している人は多いかも知れません。
【未確認飛行物体(UFO)】
小学校5年か6年の冬、中学の天文部に入っていた姉に誘われて、北東の空に流星が見られるというので、一緒に見ようと庭に出た。
流星を見るのは初めてだったので、どんなふうにみえるのか分からなかったが、じっと夜空を見上げて夜空に何らかの動きがおこるのを待っていた。
30分近く空を見上げていたのだが、流星らしきものはなにも見えなかったので、寒いし、もう家に入ろうと、姉の後に続いて家に戻ろうとした。
その時、家の屋根の50メートルほど上を、オレンジの光を放ちながら、大きな楕円状の物体が、音もなくスーっと南から北の方へ、私の背後から頭上を越えて家の屋根の向こう側へと消えていった。
家に入ろうとした姉を引きとめて、「あれはなに?」と声をかける間もなく、あまりの現実離れした光景に声を飲んだ。
それは、よく昼間の空に見かけることがある飛行船くらいの、あまりに大きな、オレンジの光に包まれた物体であった。
家の中に入ってからも、この不思議な光景を、家族にも言わなかった。なんて言っていいかわからなかったし、信じてもらえるとも思えなかった。
翌朝、隕石が落ちたとか、何かあったのではないかと新聞を見たが、何も書いていなかった。
そして、そのまま高校に入るまで、あれは、なんだったのだろう、と一人胸の内にしまったままであった。
高校の地理の先生が、授業そっちのけで、ジョージ・アダムスキーという人の話をしてくれた。アメリカ人で、UFOに乗って宇宙人が地球を訪れている、自分も宇宙船に乗った、とも言っている人であった。
彼が見たと主張し、写真で公開した宇宙船を「アダムスキー型円盤」、と呼ぶことがある。それ以外にも、その円盤の母船となる「葉巻型」の宇宙船の話もあった。
興味をそそられて、私も彼の本を読んでみた。
彼の本の中で、UFOに関する多くの人々の目撃証言が出てくる。
その中に、「オレンジ色に輝く大きな球体」という記述を見て、「あっ、これと同じだ」と思った。小学生の頃にみたあのオレンジの球体である。そうなんだ、同じものを見た人がいるんだ。
以来、長じるにつれ今も、いろんなTV番組で、UFOの目撃証言が紹介されることがあるが、あの「オレンジ色に輝く大きな球体」の話は時折り聞くことがある。
その物体は、確認されていないという意味で、明らかに「未確認飛行物体(UFO)」であった。
少年の頃の、冬の空の記憶である。
【デジャヴ(既視感)あるいは予知夢】
高校一年の春のことだったか、昼休みに早く食事を終えて、体育館にいってバスケットをやるためにコートを確保しようと、クラスメイトと体育館へと駆け出した。早くコートを確保しないと、他の連中に先に取られてしまうのだ。
そして、一番乗りで、まだ誰もいない体育館に入ろうとして、中腰になり靴を脱いで、体育館用の靴に履き換えようと視線を体育館の中に向けた時、「あれ?この体育館の光景は、どこかで見たことがある、デジャヴ?」と思った。
すぐわかった。あの時、夢で見た光景だ、と。
それは、中学3年の2月頃だった。
高校受験の勉強をしていて、炬燵でうたた寝をしていて見た夢と、同じ場面だったのだ。
「誰もいない体育館に一番乗りで、靴を脱いで入りこもうとして見た体育館の光景」。そして、そこで目を覚まし、
「あれっ、あの場所はどこなのだろう」と、妙に気にはなったのだが、なにぶん夢の中のことなので、そんな夢の一場面のことなど忘れていたのだった。
あの夢は、「予知夢」というやつなのか?
後年、立花隆さんの『臨死体験』という本の中に、そうした話しは、脳の記憶システムの中で、何らかの情報処理の混乱が原因で起こることが多い、と書いてあった。
「前に夢で見た」と脳の中で、誤って認識した。
「別の夢を、その光景だと」と脳が誤って認識した。
あるいは、「いつも見慣れた体育館のこの光景」を最近夢に見たのに、「中学生の頃に、この光景を夢に見た」と、誤って脳が情報処理した。
私の体験も、そんな「記憶システムの誤作動」だったのだろうか。
証明はできないが、自分の中では、時間的な順番が明確に二つに分かれている。
中学の時にその夢を見たことを記憶していること、そして高校の時に現実にそれを体験し、「この光景を中学の時、夢で見た」とすぐ気付いたこと。この順番の認識を、「脳システムの情報処理混乱」と云うには、あまりにも明確な記憶の体験であったので、逆に無理があると私は思っている。
今日のところはここまで、あとにまだちょっと怖い話があるのですが、また別の機会にいたしましょう。