遥かなる「知」平線

歴史、科学、芸術、文学、社会一般に関するブログです。

父の訪問

それは、1999年1月のある日のことでございました。
父の葬式が済んで、家に帰ってきた夕方、「こんばんは」と、訪れた人がいました。

 

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誰だろうと玄関にでてみると、なんと中学時代の友人ではありませんか。
「家のそばを通ったら、どなたか亡くなられたようなので、寄ってみました」といった。
「父が亡くなって、葬儀が終わったところなんだ」と言いました。

それにしても懐かしいなあ、何年ぶりかな、としばし話し、どこか外で食事でもしに行こうと繁華街のレストランに、友人の車で出かけたのです。

仕事のこと、これまでにあったこと、昔のこと、食事をしながら話をしていたら、あっという間に時間がたっていました。そろそろ帰ろうか、ということになり、車で帰ろうとしたら、友人が、
「ちょっと遅いけど、家でお茶でも飲んでいかないか」といいます。

遅いといっても、まだ夜の9時を過ぎたくらいなので、
「そうだね、じゃあ、ちょっとだけ、おじゃましようか」ということになりました。

繁華街から車で10分ほどの、閑静な住宅街。
その日は、風もなく、少しどんよりとした曇りの日でした。

連れてこられた彼の家は、日常生活をしている家ではなく、いわゆる別宅でした。
「へぇ~、こんな家も持っているんだ」
彼は、結構な風流人で、「お茶」を立ててくれるというので、二階の6畳間に通されました。
「床の間」には、掛け軸が掛けてあり、細い花瓶には、花が2、3本挿してありました。

その「床の間」を右手向かい側にして、座布団に座って待っていると、友人は、自ら立ててくれたお茶を運んできて、二人でお茶を飲みながらまた話をはじめました。
「なかなか、風流だよね、こんな風に立てたお茶を飲みながら話すなんて」

そして、食事のときは、昔話や、仕事のことなど話すのに忙しく、亡くなった父のことをあまり話していなかったので、父の話を始めたその時、

「チ~ン!」

その部屋の「床の間」から、はっきりとした音が聞こえたのです。
思わず、二人顔を見合わせました。

「今、チーンって鳴ったよね」
「鳴った」
「床の間だよね」
「床の間」

私は、四つん這いで「床の間」まで寄っていき、そこに置いてある花瓶と花、そして掛け軸を調べてみたのですが、音が鳴るようなものはありません。
外は、風もなく、車が走る音も聞こえませんから、外の音ではありえません。

「まっ、いいか、親父が来たんだろう」と、事態をとりあえず受け入れて、そのまま友人と父の話を続けていました。心臓にペースメーカを入れていたことや、別の病気で入院していて、そろそろ退院の話もあったことなどを話し終えて、次の話題に話が変わったその時、

「チーン!」

またもや同じ「床の間」から音が聞こえるではありませんか。
再び私たちは顔を見合わせました。
「・・・・・・」
「親父、帰ったのかな」

こんどはあまり驚きもせず、ごく自然に「父」が、自分のことを話している私たちのところへやってきて、自分の話が終わったときに、帰っていったというこの事態を、当たり前のことのように自然と受け入れていたのでした。

そんなこんなで、友人の家を辞したのは、夜の11時近くになっていました。

あの時、友人と私と、そして私の「父」と、「三人」で友人の部屋に居たんだなと思ったものです。
友人にお願いして、父の分も、お茶を用意してあげればよかったと、思ったことでございました。

それにしても、なぜ友人はあの日、たまたま私の実家のそばを通りかかったのでしょう。住宅地の細い路地を、わざわざ車で通るようなところではないのですが。
その友人とは、二、三年、年賀状のやりとりをして以来、また音沙汰がなくなってしまいました。